石碑

城山天満宮の水盤

御船城跡の石碑類は、過去に取り上げているか、でなければ碑文の判読が難しいものばかり。で、ふと水盤の碑文を見ると、江戸時代に遡るものだったのでメモ。城山天満宮が江戸時代に遡るのか、よその水盤がここに運ばれたのかはよく分からない。 嘉永5(1852…

「『薩摩塔』渡来の背景は:北部九州にも類例 日中交流語る」『朝日新聞』16/11/22

上部に壺のような形の部分が乗り、そこに如来らしきレリーフ状の仏が刻まれた、独特の形をした石塔、「薩摩塔」の話。西九州にだけ存在する石塔が、南宋次代の中国産で、日中を往復する商人たちの信仰の遺物なのではないかという話。 福岡県の首羅山遺跡で、…

「甲佐の軍神 アニメで脚光:西住小次郎戦車長:顕彰像にファン“巡礼”想定外に町も驚き」『熊日新聞』16/9/22

見た瞬間、ガルパンかと分かってしまうなあ。この記事は一昨年のものだが、現在はどうなっているのだろうか。「観光資源としてふさわしいかどうかは今後検討したい」と、甲佐町は慎重姿勢か。 石碑マニアとしては、存在を知ったからには、行かずばなるまいが…

「音を奏で町の風景になった橋」碑

五庵橋のたもとに設置されている、橋のテーマを紹介する石碑。街づくりのテーマにサウンドスケープを据えている。それにそって、橋も音楽とかかわりがあるデザインが取り入れられている、と。 文章が多いので、一部だけ、メモ。 音を奏で町の風景になった橋 …

「三界万霊等」碑

上記の機械庫落成記念碑の裏側にある石碑。「三界万霊」とは、施餓鬼供養とか、無縁の霊も祀るとか、そういう意味を持つものらしい。無縫塔や五輪塔らしきものの残欠も並んでいるので、このあたりにかつてはお寺があったのかな。 現地では、全く読めなかった…

「機械庫落成記念」碑

久しぶりに、新規の石碑。そろそろ、新規開拓には、ちょっと遠出しなくてはならなくなって、きつい。 御船町の旧中心街のメインストリートから、西に一本入った小道に建つ石碑。たしろ食堂の裏手。観音堂の横にある。昭和6年に、消防団のポンプ庫か何かを建…

万石菅原神社「御神殿改築記念碑」

立田山の西麓、清水スポーツセンターの敷地の北にある神社。以前、「清水万石2丁目天満宮」としていたが、張り紙に「万石菅原神社」とあるので、そちらを優先することに。 大正末に神社を整備した時のものの模様。区長以下の人名、石碑裏面の施工者などにつ…

「立田将監重徳之霊碑」

北バイパスから雑草の森に登る道の途中にある石碑。ご覧のように、地震で倒壊しているので、詳細不明。

夏目漱石句碑2

3つ見かけた石碑の二つ目。これは、正面入り口横に建っている。もうひとつは、本殿前のどのあたりだったか、思い出せないので、今後の課題に。しかし、くずし字は、やはり読解率6割くらいだなあ。 石碑正面 夏目漱石の句 湧くからに 流るるからに 春の水 石…

夏目漱石句碑1

先日、水前寺情趣園に行ったら、見慣れない石碑がにょきにょきと出現していた。裏のでかい文字の年紀を見るに、倒壊した大鳥居の柱材を、三枚におろして、句碑に仕立てたようだ。→漱石の句碑:建立 地震で倒壊、大鳥居使い 熊本・水前寺成趣園 /熊本 - 毎日…

富合町前川原土地区画整理事業「竣工記念碑」

加勢川の旧河道沿いの公園に建つ石碑。土地区画整理事業の石碑。河道沿いを区画整理したのかな。 公園も、割と記念碑狙い目。 役員に、河北さん、多いな。 石碑裏面 富合町前川原土地区画整理事業 施工面積 三・一四ヘクタール 総事業費 三億四百六十万円 役…

泉ヶ丘校区公民館寄付「顕彰碑」

健軍の南、泉ヶ丘公園の敷地内に建つ公民館の目の前の石碑。個人の寄付によって建設されているのか。 石碑正面 顕彰碑 (写真) 碑文 泉ヶ丘校区公民館は昭和三十五年旧三菱重工業寮の 払下げをうけ建築されたもので以来三十幾有余年の歳月 により老朽化は極…

「社殿改築記念碑」

川尻町中、旧三号線沿いの小社に建つ石碑。熊本地震の影響で、今にも倒れそうになっている。石碑を見たら、裏側に回るのだが、ここはその勇気がなかった。 大正天皇の即位式典に合わせて、社殿改修が行われ、記念碑も建てられたようだ。石は石灰岩? 石碑正…

「川尻神宮境内整備工事記念碑」

川尻神宮の鳥居右手に建つ石碑。1982年ごろに行われた境内整備工事の記念碑。裏面並びに両側面には、寄付者名が大量に並んでいるが、例によって、省略。撮ってきた写真が読めないというのもあるが… 石碑正面 川尻神宮境内 整備工事記念碑 一、西側護岸工事 …

「日露戦役紀念碑」

平和祈念碑、征清従軍紀念之碑と並ぶ、石碑。こちらは日露戦争の祈念碑。苔むしていて、さらに情報が不明。 カンペたる『近現代の戦争に関する記念碑』でも、揮毫者「陸軍中将 大久保春野」とは書いてあっても、年紀は不明の模様。

「征清従軍紀念之碑」

平和祈念碑の隣に建つ石碑。日清戦争の記念碑。木に覆われて暗いうえに、地衣類が生えていて、揮毫者や従軍者名簿は読み取れず。『近現代の戦争に関する記念碑』によれば、「陸軍中将 黒木為禎」とのことだが。 石碑裏面 発起人 田邊正人 川端直太郎 内藤新…

「平和祈念碑」

川尻神宮境内に建設された、戦没者慰霊碑。2000年というのは、熊本市内でも、一番新しい。日清、日露従軍碑と、3つが敷地奥に並んでいる。 ぴかぴかなのは、自分が写りこみそうで、ちょっと困る。 発起人、戦没者名簿、寄付者名簿は例によって省略。 石碑正…

「海軍忠魂慰霊碑」「国民殉難者慰霊碑」「陸軍忠魂慰霊碑」

近見公民館のそばにある忠魂碑群。熊本地震で倒れた後、下に木をかませて、とりあえず置いてある感じか。 『近現代の戦争に関する記念碑』報告書のリストには、入っていない石碑のようだ。陸軍・海軍・一般国民と分けて、同一敷地に建てられているスタイルも…

「水場農道苗床工事記念碑」

上近見公民館敷地内に建つ石碑。各種の農業用施設整備工事が行なわれた記念に設置されたもののようだ。植栽で、台座の文字が見えなくて、難渋した。 石碑正面 上近見農区長水田幾平 農道 水場 工事記念碑 苗床 農家一同 台座正面 農家一同 昭和廿二年三月起…

「母校創設85周年記念」時計塔

熊大病院の正面に立つ時計塔。もしかしてと思ったら、やっぱり、記念碑の一種だったわけね。 プレート 母校創設85周年記念 昭和56年9月12日 熊杏会

「楷樹」碑

熊大病院敷地内、山崎記念館前に建つ石碑。孔子廟前に植わっているカイノキの種子を持ってきて植えたらしい。学問の象徴なわけね。何の変哲もない木と思っていたけど。 石碑正面 楷樹 支那曲阜孔子墓前、伝子貢手植のものより得たる 種子を以て我が農林省林…

植樹記念碑

熊大病院の敷地西端に建つ石碑。路上から見かけて、思わず敷地内に突入。昭和45年に銀杏35本を植えた記念碑。半世紀ほどたって、立派な木に成長している。 石碑正面 卒業三十五周年を 記念して 銀杏三十五本を 植樹する 昭和四十五年十二月 昭八会

消失した白梅天満宮の狛犬と倒壊した門

久しぶりに、古町の白梅天満宮を訪れる。地震後、門となっていた町屋が破損して、入れなかった。様変わりしていて、見つけるのに苦労した。 2011年10月 ↓ 内部は、門のような建物が倒壊して、そのままになっている。また、敷地内にあった狛犬は、阿像が台座…

「保田窪忠魂碑復建記念」碑

保田窪の忠魂碑、忠霊塔と同じ敷地にある石碑。というか、この石碑、見た記憶がないんだけど。植栽に隠れていたのが、移設工事で見えるようになったのかな。 どういう経緯で作られたものか分からないけど、産業道路の建設で、敷地移転を強いられたのかな。そ…

移転、変貌した保田窪忠霊塔

通りがかりに、保田窪忠魂碑の敷地を見たら、見慣れない石碑が出現していた。産業道路の反対側にあったはずの忠霊塔が、忠魂碑の敷地に。しかも、石碑の形もずいぶん変わっていて、何があったのか分からなかった。かつては、立派な自然石の石碑だったのだが…

「農道拡張記念碑」

上近見公民館横の公園に建つ石碑。公民館は、石碑の狩場。最近は、地図で公民館を見つけると、グーグルマップのストリートビューで確認する癖がついた。 目の前の道路が拡張されたのかな。 台座下段の施工委員名簿は省略。 台座上段 昭和三十九年二月十一日…

元三諏訪神社の狛犬

三号線の東、堤防の際にある神社にある狛犬。熊本の狛犬にしては、尻尾が末広がり型でないのが、珍しい。昭和16年に建てられたもの。同時期の「大東亜戦争記念」と刻まれた石灯籠も存在するから、真珠湾攻撃を契機とした整備なのかな。 台座裏面 昭和十六年…

川尻神宮の狛犬

なんか、端正な狛犬。大正7年に、川尻の石工によって作られたもの。胴や前足が、細いのが、細さを印象づけるのだろうか。 施主の村の名前が読めない。もうすこし、きっちりと写真を撮っておけばよかった。 台座正面 大正七年十月 奉納 台座右面 ○○村字五丁新…

田崎神社の狛犬(再掲)

拝殿の裏、本殿前に置かれている狛犬。こちらは地震をくぐり抜けたようだ。 吽像の尻尾は、後補なのか、なんか、不思議な形に。

田崎神社の猿田彦(再掲)

久しぶりに田崎神社を通りがかったが、石碑の碑文に入れられている朱が、鮮やかに。比較的最近、足されたようだ。