石碑

「保田窪忠魂碑復建記念」碑

保田窪の忠魂碑、忠霊塔と同じ敷地にある石碑。というか、この石碑、見た記憶がないんだけど。植栽に隠れていたのが、移設工事で見えるようになったのかな。 どういう経緯で作られたものか分からないけど、産業道路の建設で、敷地移転を強いられたのかな。そ…

移転、変貌した保田窪忠霊塔

通りがかりに、保田窪忠魂碑の敷地を見たら、見慣れない石碑が出現していた。産業道路の反対側にあったはずの忠霊塔が、忠魂碑の敷地に。しかも、石碑の形もずいぶん変わっていて、何があったのか分からなかった。かつては、立派な自然石の石碑だったのだが…

「農道拡張記念碑」

上近見公民館横の公園に建つ石碑。公民館は、石碑の狩場。最近は、地図で公民館を見つけると、グーグルマップのストリートビューで確認する癖がついた。 目の前の道路が拡張されたのかな。 台座下段の施工委員名簿は省略。 台座上段 昭和三十九年二月十一日…

元三諏訪神社の狛犬

三号線の東、堤防の際にある神社にある狛犬。熊本の狛犬にしては、尻尾が末広がり型でないのが、珍しい。昭和16年に建てられたもの。同時期の「大東亜戦争記念」と刻まれた石灯籠も存在するから、真珠湾攻撃を契機とした整備なのかな。 台座裏面 昭和十六年…

川尻神宮の狛犬

なんか、端正な狛犬。大正7年に、川尻の石工によって作られたもの。胴や前足が、細いのが、細さを印象づけるのだろうか。 施主の村の名前が読めない。もうすこし、きっちりと写真を撮っておけばよかった。 台座正面 大正七年十月 奉納 台座右面 ○○村字五丁新…

田崎神社の狛犬(再掲)

拝殿の裏、本殿前に置かれている狛犬。こちらは地震をくぐり抜けたようだ。 吽像の尻尾は、後補なのか、なんか、不思議な形に。

田崎神社の猿田彦(再掲)

久しぶりに田崎神社を通りがかったが、石碑の碑文に入れられている朱が、鮮やかに。比較的最近、足されたようだ。

「畜霊之碑」

久しぶりの石碑。 動物園の北口から西口に行く外周道路沿いに、最近移設されたらしい石碑。見慣れない石碑が突然出現して、びっくりした。閉鎖された食肉センターの慰霊碑を、昨年の11月にここに持ってきたと。 map:x130.747278y32.776012:map:h300 石碑正面…

修理がなった「熊本陸軍幼年学校跡」碑

気がついたら、近づけるようになっていた。台座の石がコンクリで固めてあったり、上の白石が真新しいところを見ると、台座が倒壊していたようだ。地震後、どうなっていたか、そういえば確認していないな。

つっかえ棒で支えられている「軍旗奪還之碑」

二の丸駐車場の北の端に建っている石碑。以前から、碑文が全然読めていない。だいたい、午後から活動するんだけど、その時間は逆光がきついんだよな。 とりあえず、倒壊はしていないが、修理とかはどうするんだろう。

「八反田天満宮二百年祭記念之碑」

二段になった境内の下段、奥に建てられている石碑。2004年に建てられたもので、そうすると、19世紀初頭に明確に神社の形になったと。 裏面の寄付者芳名は省略。 map:x130.766737y32.819715:map:h300 石碑表面 八反田天満宮 二百年祭記念之碑 八反田天満宮沿…

八反田天満宮の狛犬

藻器堀川の斜面に立地する神社にあった狛犬。鳥居の下ではなく、脇の入り口に設置してあるのが、珍しい。こまやんなんで、記録だけ。 map:x130.766737y32.819715:map:h300 台座裏面 八反田氏子会 平成二十二年十月吉日

保田窪菅原神社の猿田彦

以前は碑文が読めなかったのだが、今回よく見ると、石碑の左側面に年紀を解読に成功。「文政十」までは読めたから、1827年から30年にかけて、刻まれた石碑のようだ。熊本市内では比較的早い事例ということか。台座や玉垣は、昭和8年に、神社300年記念と合わ…

三宝荒神

坪井の七曲り地域の門に、ぽつんと建っている。門に立っていた家が撤去されて、外から見えるようになった。何度か通った道だが、今までまったく意識していなかった。ストリートビューを見ると、家と木で覆い隠されていたようだ。 「三宝荒神」ということで、…

消えた神社

久しぶりに、必由館高校前を通ったら、正門脇の神社が様変わりしていて、驚く。鳥居も、社殿も、綺麗に更地にされている。グーグルストリートビューによれば、昨年の8月には、この状況だったようだ。両脇の祠のみが残る。 ここの石灯籠、確か、江戸時代のさ…

「保育園記念碑」

以前から、存在を掴んでいた石碑。どこから行くにしても傾斜がある上、平日には行きたくない場所だったので、今まで行ったことがなかった。保育園敷地の端に、外側に向けて設置されている。 供合村当時、保育園を建設したことを記念して建てられた石碑の模様…

島崎作家淋句碑

龍南回顧碑の隣に立つ石碑。肥後狂句の句碑。島崎サッカリンさんですか、狂句らしい号ですな。つーか、碑文が読めなくて、カンペ便りだった。 map:x130.728263y32.821965:map:h300 石碑正面 新家庭 戻り道だけ 遅刻せん 作家淋 石碑裏面 平成五年四月吉日建之…

「龍南回顧碑」

立田山配水池の一段下の、公園状の広場に建てられている石碑。第五高等学校創立七十周年記念事業で建てられたものらしい。 石碑正面右側に、校章。同下の碑文は五高寮歌。裏面は一部解読できず。 map:x130.728263y32.821965:map:h300 石碑正面下 武夫原頭に…

水道記念碑

立田山配水池の敷地奥にある石碑。解説によると、庁舎落成と通水40周年を記念してのものらしい。 裏面、蔓に隠れて見えない文字が。痛恨。 map:x130.728191y32.823078:map:h300 石碑正面 治水は導水 堀江勝巳書 石碑裏面 熊本市上水道 創設工事担当者 堀江勝…

「公民館建設」記念碑

こちらも上と同じところの石碑。1970年に建設されて、4年後に増築と。 map:x130.684906y32.801263:map:h300 石碑正面 昭和四十五年十月 公民館建設 町内住民一同等寄付 発起人木村広八氏

「公民館増築」記念碑

横手四丁目の傾斜地の住宅地に作られた公民館にある石碑。ネット上の地図には、公民館としての表示はないけど、紙地図では公民館扱い。公民館は、石碑狩りにはおいしい狩場。 1974年に増築した時のものと。 map:x130.684906y32.801263:map:h300 石碑正面 昭…

「御即位式紀念碑」

戸坂町の公民館前に建つ石碑。大正4年の年紀から、大正天皇の即位式を記念して建てられたものらしい。題字を書いた明石元二郎といえば、日露戦争時にヨーロッパで派手に諜報活動を行った有名人ですな。大正4年11月といえば、明石が第六師団長として着任して…

「戦死者の碑」

横手阿蘇神社から、北に下っていく細い道の途中に建っている戦没者慰霊碑。横手3丁目にはいるのかな。 裏側の覗き込むのがはばかれるようなというか、難しい場所だったので、建碑年代などのデータは一切不明。『近現代の戦争に関する記念碑』にも採録されて…

「横手の五郎由来」碑

横手阿蘇神社に建てられている石碑。花岡山の西、少し谷が入り組んで、岬状になった場所に立地する。簡単な砦があっても不思議じゃなさそうな立地。しかし、秋は日が傾くのが早くていけませんな。見事な逆光。 横手五郎とは、伝承上の人物で、加藤清正を暗殺…

「戦死者之碑」

ここらあたりは、一昨年の探索で発見した石碑。昨年がずいぶん低調だったんだな。まあ、それどころじゃなかったのが正確なとこだけど。 横手町のお寺が密集しているところに建てられている、戦没者慰霊碑。グーグルストリートビューで見ると、地震で倒壊して…

石造物寄贈記念碑

これも、藤孝・忠興墓所入り口の階段下に建っているもの。明治27年の年紀がある。直近の細川家当主の墓所の設備のようだ。正面の碑文を含めて、かなり読めないところがあるけど、話を通して石碑を清掃するくらいのことをしないと無理そうなので、不完全なま…

「四つの廟」碑

細川幽斎・忠興墓所の入り口に建っている説明用の石碑。わざわざ、コンクリで作られているのが珍しい。 map:x130.731397y32.821084:map:h300 四つの廟 寛永九年(一六三二)肥後五十四万石の領主と なって入国した細川忠利は、同十四年に現在地に 泰勝院を建…

下立田菅原神社の狛犬再掲

ちょっと気まぐれで行ってみた。石段がなかなかきつい。 狛犬は斜面に設置されていて、いつものように三面から写真を撮るのが難しい。台座に碑文なし。よく見ると、これ、狛犬本体もコンクリか何かで作られている模様。表面の粒子がそんな感じ。 あと、地震…

「託麻原校区六町内二十五周年記念碑」

以前に掲載したと思うのだが、検索かけても出てこないので、改めて。 北水前寺公園内に建てられている石碑。地震のため、ずれているようだ。 map:x130.733384y32.797886:map:h300 石碑裏面 昭和四十五年七月 北水前寺公園設置認可 昭和四十八年三月 憩の家 …

水前寺公園奥に仮置きしてある石碑

出水神社五十年祭記念碑と幽斎公三百年祭記念碑、それに大鳥居の一部が置かれている。石碑は後々再建する気なんだろうけど、鳥居のほうは、どうするつもりなんだろう。