白水貴『奇妙な菌類:ミクロ世界の生存戦略』

奇妙な菌類 ミクロ世界の生存戦略 (NHK出版新書)

奇妙な菌類 ミクロ世界の生存戦略 (NHK出版新書)

 キノコ、カビ、酵母などの菌類の生態や生態系内での役割などを紹介している本。ずいぶん古くからいる生き物だけに、いろいろと凄まじい分化をしているのだな。しかも、人間の目には見えないために、素人には分かりにくい。
 研究史からすると、先に「菌類」が発見されて、それより小さい菌みたいなものが発見されたから「細菌」と名付けられたということか。植物と分化した後に、菌類と動物の共通祖先が分化したというのも興味深い。あと、地衣類は、菌類と藻類が共生したものと。


 2章以降は、様々な菌類の生態。2章は、他の様々な生物との共生関係、3章は寄生関係、4章が分解能力、5章が人間との関わりといった構成。
 「共生」の姿が興味深い。植物の根に住みついて、リンや窒素を集めて植物に供給し、変わりに光合成で作られた有機物の供給を受ける。この共生関係にも、シビアな取引が存在すると。より有利な条件を提示するほうに流れると。一方で、植物が一方的に菌類を搾取する「菌従属栄養植物」。逆に、植物に寄生して、その成長を誘導し、他の種類の花そっくりなものを作り、それを使って胞子を拡散するとか、互いに、緊張ある関係を形成している。
 あとは、地中の菌類を通じた情報のやり取りが、広い範囲の植物を結んでいるとか。細胞内に藍藻を「共生」させているゲオシフォンというのも興味深い。ミトコンドリア葉緑体につながる、第三の共生という奴か。あるいは、森の広い範囲に広がるナラタケの類。
 昆虫と菌類の関係も、同様に深い。キクイムシは、菌嚢という器官をもち、菌を持ち運ぶ。で、それが幼虫の餌になる一方、菌類は移転先で大拡散して木を枯らす。あるいは、キノコを育てる蟻やシロアリ。狩猟用隠れ場所にすす病菌を使う。逆に、冬虫夏草のように昆虫に寄生して殺してしまうものも。寄生したアリの行動を制御し、自分の繁殖に適した場所に行かせる菌類やトブムシの精子の柄だけに生える菌とか、本当にいろいろあるんだな。あるいは、地中のセンチュウを罠にかけたり、原形質を撃ち込むといった行動をする菌類とか。
 菌類同士でも、寄生したり、されたり。


 木の細胞壁を構成するリグニンやセルロース、動物の毛などを構成するケラチンなど、分解が難しいものを分解し、生態系に戻す役割を果たしている。それぞれの菌類には、好みがあって、特定のものを分解する。カタツムリの殻を好む種類もいるのか。
 あるいは、エクアドルの樹木の内生菌からは、ポリウレタンを分解する菌類が発見されているとか、あるいは分解の難しい化学物質を分解できる種類もいるとか。
 なんかすごすぎる。


 最後は、人間と菌類の関係。人体に感染したり、壊されたくないものに取り付いて、破壊してしまう。一方で、発酵という行程によって、人間に有用な食糧などを生み出したりする。複雑な関係があると。ジェット燃料を食べて、燃料タンクに穴を開けてしまう菌類とか、なんというか。ラガービール酵母が、15世紀に遠隔地からもたらされたという話も興味深い。誰が運んだのか。
 杉の花粉生産を抑える菌類をばら撒いて、花粉の散布を抑えようというアイデアもなんと言ったらいいのか。
 あとは、微生物農薬の可能性。あらかじめ、特定の菌類に感染させておくことで、病原体への耐性とつけるとか、昆虫やセンチュウを捕食する菌類の利用とか。しかし、微生物は、生態系の中で遺伝子の水平伝播をうけて、とんでもない変化をしたりするから、ちょっと怖いな。


 以下、メモ:

 近年では、製粉技術が向上するとともにライ麦消費量が低下したため、人の麦角中毒は激減している。その一方、家畜の麦角中毒は依然問題視されている。牛や豚などの家畜が牧草や飼料とともに麦角を摂食することで、麦角中毒となってしまうのである。p.107

 へえ。

 そのような研究の一つに興味深い地層の報告がある。それは、“fungal layer”と呼ばれる、菌類の胞子や菌糸の化石が高密度で含まれている地層である。以降、“fungal layer”を「菌層」と呼ぶ。
 菌層は、白亜紀末期に起こった大量絶滅の直後に形成されている。もう少し正確に言うと、大量絶滅の引き金となったとされる隕石の衝突後、これに由来するイリジウムの含有率がピークを迎えるあたりで、菌類の胞子や菌糸の密度が明らかに増加しているのだ。
 菌層より前の地層では菌の胞子はほとんど見られず、そのかわりに多様なシダ植物の胞子や樹木の花粉が高密度で検出される。大量絶滅前にこれらの植物が生い茂っていた証だろう。
 また、菌層は地史的には比較的短い期間、おそらく数年で終了しており、その後は再びシダ植物の胞子や針葉樹の花粉に由来する化石の密度が上昇する。どうやら、白亜紀末期の大量絶滅後に何らかの理由で菌類の大繁殖が起こり、そののちにまた元の植生が復元したようである。p165-6

 へえ。大絶滅直後には、世界はカビだらけだったと。