黒田美代子『商人たちの共和国:世界最古のスーク、アレッポ』

商人たちの共和国 〔世界最古のスーク、アレッポ〕 〈新版〉

商人たちの共和国 〔世界最古のスーク、アレッポ〕 〈新版〉

商人たちの共和国―世界最古のスーク、アレッポ

商人たちの共和国―世界最古のスーク、アレッポ

 長々と借りていた本をやっと撃破。新版に手を出してみた。
 本書に出てくる商人で、若い人は40代くらいなんだよなあ。シリア内戦で、その後、どのような運命をたどったのだろうか。中東・シリアに現存する世界最古の都市アレッポの内戦前後を比較した写真いろいろ - DNAを見ると、建物も、徹底的に破壊されて、本書に収録されている写真の光景は失われてしまっているんだよなあ。悲しい気分になる。


 しかし、うーん、なんか既存の経済学や社会学を批判するオルタナティブとしてというか、イスラム社会を称揚するというか、そちらに汲々として、スークそのものの記述が物足りない感じがある。
 スークの商人に直接インタビューした部分は、第3章の半分と序章の一部だけなんだよな。やはり、こういう現地の参与観察から、多くを語らせるべきだったのではなかろうか。
 あと、本書で、「スークの特色」として挙げられている特徴が、本当に独特のものなのかは、精査する必要があるのではなかろうか。フレキシブルな職業選択やアンボーダーな人の移動というのは、前近代には、どこでもあったことだし。利益配分型の共同事業にしても、中世の地中海世界では普遍的に存在した制度だし。
 スークという「制度」やイスラムの経済法の中に、個人を単位とした信用システムや様々な独占を回避するシステムが埋めこまれているということは理解できるが、それが、社会全体でどこまで敷衍できるか。地域の社会構造全体の中で見ないと、なんともいえないのではなかろうか。権力を利用した、桁違いの金持ち、というか親族を経路とする資源分配システムも同様に存在するわけだし。
 個別のエピソードは、興味深いのだが。20ページからの、木曜日の決算の日に、お金をもらいに来る寡婦たち。血縁とは違う、再分配システムがあるのかな。

 十八世紀の後半にアレッポに滞在し、克明にこの地の自然史を書き記しているA・ラッセルは、同時に商人一般の気質、態度についても正確な記述を残している。本業が医師であったラッセルは、この地の商人に酔っぱらいが一人も見かけられないことを褒め讃えるとともに、彼等にとって品行方正であることが、資本の一つであり、そのいかんによって商売の多寡に影響するとも述べている。信用の創造とは、近代経済学の用語で言えば例えば一万円の資本で、十万円、百万円の取引を行いうる可能性を意味する。だがイスラーム世界においては、それは好ましい人格、正しい商行為を介して人々の信用を博し、多くの顧客を獲得することである。宗教はこのような行いのなんたるかを、その光に基づいて人々に教える。それに則って謙虚な生活を送り、正しい商いを行うことにより、顧客が増大し、富も蓄積される。p.118

 個人の行動が、信用に与える影響。しかし、ここまで信用が個人化してしまうと、大きな企業を作るのが難しそうだけど…


 文献メモ:
原洋之助『クリフォード・ギアツの経済学:アジア研究と経済理論の間で』リブロポート、1985
P・クラストル『国家に抗する社会:政治人類学研究』風の薔薇、1987