小林一郎『金持ちは崖っぷちに住む』

 東京の、丘陵上に金持ちが住み、谷間に貧民が住むという、空間による階層分化の状況を、明治の文学者の記述から紹介。なぜ、金持ちは崖の上に住むかを、心理的な側面から述べた第2章。崖際の邸宅を紹介する第3章から成る。
 こういってはなんだが、あんまり一貫性のない構成の本だな。「崖際の住居」というテーマで、雑駁に記事を集めた感じで、何を明らかにしたいのかはっきりしない感じが。個別の記事に関しては、それなりにおもしろいのだが。特に、第2章は、削って、「はじめに」か何かに組み込んでしまったほうが良かったのではなかろうか。確かに、高いところから見下ろす/見上げられるというのは、心理的な優越感を刺激するし、自己の地位を確認するために建てられた家もたくさんあるのだろう。一方で、そういう眺望を求めていない大邸宅なんかもあるわけだし、起伏にとんだ地形によって回遊式庭園を造る大名庭園以来の伝統を考慮する必要があるのではなかろうか。第1章の作家の話でも、崖下を意識していない人物が多いということに注意する必要があると思う。


 第1章は、明治から戦前にかけての文学者で、丘陵上に住んだ人と、谷の下町に住んだ人を対比している。崖上に住んだ坪内逍遥森鴎外。同様に崖の上に住みながら、それを視野に入れなかった前の二人と違い、谷の下の生活に興味を持ち、鮫川橋の貧民街を歩き回った永井荷風。崖の下に住んだ樋口一葉。そして、崖を越えられなかった高見順
 永井荷風で出てきた、「フラヌール(遊歩者)」というのが、興味深いな。


 第3章は、「崖っぷちの邸宅」ということで、現在に残る崖際の邸宅を紹介する。現在まで残されるだけに、大規模な邸宅や建築史的な意義を持つ館がメイン。そういう意味では、第1章とつながらない感じ。あと、図や写真が充実していないため、いまいち、どういうロケーションで、それをどう利用しようとしたのかが読み取りにくい。
 旧グラバー邸、北野異人館ヨドコウ迎賓館、旧日向利兵衛邸、旧東伏見宮別邸、旧波多野承五郎邸、旧岩崎家別邸、樫尾邸、旧小坂邸、旧古河邸、旧朝倉邸に、現在では消滅してしまった高級住宅地渡辺町が紹介されている。


 文献メモ:
小谷野真由巳「国分寺崖線沿いの近代別邸の地形的立地特性と敷地内部のしつらえに関する研究」
小谷野真由巳「国分寺崖線の地形からみた別邸敷地選定の特徴」
三浦展『東京 高級住宅地探訪」晶文社、2012
山口廣編『郊外住宅地の系譜:東京の田園ユートピア鹿島出版会、1987