水沢光『軍用機の誕生:日本軍の航空戦略と技術開発』

 日本軍の航空機供給政策と、その制度の変化を紹介する本。そもそも、このあたりのテーマって、歴史学が特に不得意なんだよな。軍事史+技術史。しかも、活発に活動した期間が短いという。あと、他の量産工業とか、工業としての視野がないと、「歴史学」としては、厳しい感じが。


 最初は、航空機技術・生産の発展と戦略。1909年から、航空機の研究が始まり、外注メインの陸軍と自己で技術開発を進める海軍、そして大学など文民の研究に分かれる。1920年代から民間製造企業が出て、1930年になると発動機の国産や技術開発で世界に伍する程度の技術が発展してくる。
 これらの航空機によって、陸軍、海軍はそれぞれ、航空撃滅戦を中心とした戦略を形成していく。しかしまあ、日本の環境だと、戦略爆撃という手段が発展しなかったのは、よく分かるな。陸軍は、シベリアのソ連軍を仮想敵に設定。海軍が太平洋でアメリカ海軍と艦隊決戦。どっちも、戦略爆撃の目標が存在しない。あと、相当違う戦争を企画している以上、「空軍」の統一という方向にはいかないわな。


 後半三分の二程度は、航空技術開発組織の話。
 海軍の航空技術廠と陸軍の外注メインの対比。そして、陸軍の海外視察から、欧米諸国をモデルとした、民間の研究開発活動と航空産業を軍事的に動員できるように、中央集権的に組織する提言。そして、陸軍による、航空機生産統制の動きに対して反発した海軍と逓信省が提携して、航空局の外局化と中央航空研究所の開設。
 しかし、1930年代、国際情勢の悪化にともなって、海外からの航空技術関係の情報流入が途絶えるようになると、独自に基礎から研究を行う必要に迫られる。ドイツ視察をうけて、陸軍主導で技術院と航空関係研究機関の拡充が行われる。
 海軍と陸軍の、研究開発における主導権の奪い合いが印象的。軍人と文官が組んでの、縄張り争い。


 東京大学の航空研究所が研究予算不足で、軍などからの委託研究で凌いでいたってあたりは、なんか現代日本における研究予算の現状を見ているようで趣き深い。
 第二次世界大戦勃発後の洋書輸入規制の拡大と、それに対応するために国内の洋書をかき集めたり、情報を配分する組織を作ったりという話も興味深い。それだけ、海外の基礎研究に依存していたということか。ジェットエンジンや層流翼の研究にしても、アイデアそのものは、欧米の研究を下敷きにしているんだよな。そのあたりが、日本の航空技術研究の限界だったって事なのかね。
 航空分野における日本の独創的研究ってどのくらいあるのだろう。ホンダジェットの翼上にエンジンを配置なんかは、分かりやすい独創だけど。