青木道彦『エリザベス1世:大英帝国の幕開け』

エリザベス一世 (講談社現代新書)

エリザベス一世 (講談社現代新書)

 エリザベス1世の生涯を、イギリスの社会や国家、国際情勢と関連づけながら、叙述している。著者は国教会や宗教改革を専門とする人のようだ。個人的には、社会経済史方面の話が微妙な感じ。「『新毛織物』の開発」とか、ないわーって感じ。転換とか、導入とか、普及って言い方なら、特に文句はないのだが。あと、参考文献がないのも、減点かな。
 エリザベス1世の治世を好意的に評価すれば本書のような評価になるだろうか。国教会の確立と王権の支配の貫徹、スペインの侵攻を退けカトリックに取り込まれなかったことは功績の一方で、行財政などの中央集権化については見るべきものがなかったというところか。個人的には、「アルマダ神話」というか、「エリザベス神話」とでも言うべき語りを信用しかねるところがあるのだが。前半生に、母親の刑死や姉メアリに警戒され軟禁された経験が、さまざまな勢力をバランスさせ、政治を安定させる手腕をもたらしたわけだが、悪く言えば、周囲の情勢が決まるまで旗幟を鮮明にしない人って感じではある。

 レパント岬沖海戦のスペイン艦隊には、新大陸進出の航海にも活躍した三本マストの帆船であるキャラック船、十六世紀に新しく登場した大型帆船であるガレオン船も六隻ほど含まれていた。しかし、これらとても「帆船の上に乗った陸兵」の戦闘を作戦の中心にした艦隊の中の一要素なのであった。
 これに対するイングランド艦隊は、艦船の総数でも、総トン数でもスペイン艦隊に見劣りはしたものの、その主力は200-500トンくらいのガレオン船によって構成されており、左右両舷に搭載する多数の大砲の砲撃力によって敵艦を制圧し、海戦の雌雄を決する能力をもった新鋭の艦隊であった。p.130-1

 うーん、そもそもアルマダの海戦をハードとドクトリンで説明するのは無理筋だと思う。
 この時代だと帆船を海戦に使用するドクトリンもできあがっていないし、艦船にしても軍艦と長距離航海の商船の分化は進んでいなかったのではなかろうか。スペイン艦隊に軍艦商船兼用の船が多数含まれていたことはたしかだが、イングランド艦隊はどうだったか。
 そもそも、200年後のトラファルガーの海戦でも、帆桁を接して撃ち合って、最後は切り込んで雌雄を決するものだったわけで。