- 作者: 磯田道史
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2003/04/10
- メディア: 新書
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本書の主な材料は、1842-1879年まで書き継がれた家計簿。信之・直之・成之の三代にわたる時代。猪山家はもとは前田家の陪臣で、経理能力を買われて御算用場に採用、事務関係で出世、徳川家からの輿入れの準備や幕末の戦争などの経理で活躍し、評価される。その結果、大村益次郎の目にとまり軍官僚に、海軍の財務官僚として活躍する。親戚の中には、ジーメンス事件に関わった者もいるそうだ。武家の冠婚葬祭や同格の家同士での婚姻関係、また借金が同僚からの借り入れで賄われていた話など興味深いトピックが多い。また、明治になってからの士族の没落の状況、その中で明治政府に出仕することができた人間だけが経済的に豊かになっていく状況なども興味深い。また、勝ち組の猪山家でも、新政府に対する不満があったことなど。
しかし、明治政府の官僚とか政商の収入の大きさというのには、ちょっとあきれる。中級どころの猪山家でも不動産に投資するだけの余裕がある状況だし。財政が云々とかいう割には、給料が高い。山県有朋なんかも、普請道楽に金突っ込んでるし。
以下、メモ。
実は「算術から身分制度がくずれる」という現象は、十八世紀における世界史的な流れであった。それまで、ヨーロッパでも日本でも、国家や軍隊をつくる原理は「身分による世襲」であった。ところが、近世社会が成熟するにつれて、この身分制はくずれはじめ、国家や軍隊に新しいシステムが導入されてくる。近代官僚制というものである。官吏や軍人は「生まれによる世襲」ではなく「個人能力による試験選抜」によって任用されるようになる。ただ、いきなり、そうなったわけではない。
最初に、この変化がおきたのは、ヨーロッパ・日本ともに「算術」がかかわる職種であった。十八世紀には、数学が、国家と軍隊を管理統御するための技術として、かつてなく重要な意味をもつようになっており、まずそこから「貴族の世襲」がくずれた。軍隊でいえば、「大砲と地図」がかかわる部署である。フランスでもドイツでも、軍の将校といえば貴族出身と相場がきまっていたが、砲兵将校や工兵、地図作成の幕僚に関しては、そうでなかったという。弾道計算や測量で数学的能力が必要なこれらの部署は身分にかかわらず、平民出身者も登用されたのである。このあたりは『文明の衝突』で有名なS・ハンチントンの著作『軍人と国家』や中村好寿『二十一世紀への軍隊と社会』に詳しい。p21-2
「世界」とはヨーロッパと日本だけではないのだが。例えば、中国ではどうなっていたのだろうか。中国では、それほど確固とした「身分制」があったとは思えないのだが。
現代人からみれば無駄のように思えるが、この費用を支出しないと、江戸時代の武家社会からは、確実にはじきだされ、生きていけなくなる。つまり、その身分であることにより不可避的に生じる費用であり、私はこれを「身分費用」という概念でとらえている。逆に、その身分にあることにより得られる収入や利益もある。これを「身分利益」とよびたい。つまり身分利益=身分収入マイナス身分費用という構造式を考えることができる。
メモ。まあ、武士が奢侈を行わなくては、回っていかない社会だったからな。