「手間かけ日本一の雑穀の里:米から転作・岩手:食産地を訪ねて」『朝日新聞』08/9/11

農薬使えず農機具にも工夫
 雲が低くたれ込め、時折、細かい雨が落ちてくる。8月下旬の岩手県花巻市には、もう秋の気配が漂っていた。
 同市大迫町の川村孝信さん(68)に、雑穀が育つ田畑を案内してもらった。モサモサとした褐色の穂、ほうきを逆さにして土に突き立てたよう作物が空に向かって並んでいた。大人の背丈よりも高く2メートル近い。葉はトウモロコシに似ている。「今年初めて作ってみた」というタカキビだ。
 向かいの田は、岩手大学が開発したヒエの新品種「長十郎もち」。普通のヒエは粘らずポロポロしているが、この品種は粘り気があってモチにもできる。コメに混ぜるともちもち感がましたご飯になるという。穂を見ると、粒がらせん状に付き、それを守るように細いひげがわんさと突き出ている。
 あぜ道に立って眺める。人に栽培されている作物なのに、どこか野性味を感じる。
 ほかにダルマヒエ、イナキビなど、川村さんは今年、雑穀を180アール作付した。大半が米からの転作だ。
 13年ほど前から手掛ける雑穀は「手入れがコメよりずっと大変だ」という。無農薬で栽培しており「草(雑草)に負けるし、虫もある」。5月末から6月、背丈がまだ低いころに徹底して除草する。機械も使うが手作業が多い。「今年は6月の気候がよく、手が掛けられた」
 健康志向で注目されている雑穀だから、無農薬栽培は強みになるが、実は、農薬がほとんどないという事情もある。農薬取締法で農薬はどれも対象作物が決まっている。生産量が少ない雑穀用には、メーカーが積極的に農薬を開発しないのだ。
 収穫も手間がかかる。水稲は高性能のコンバインがあり、刈り取る端から効率よく脱穀できる。しかし雑穀は穂の形も茎の長さも違う。粒も小さい。「作り始めた頃は機械は使えないって言われて、色々工夫した」。多種類の作物に使える汎用型コンバインを改造し、編み目や脱穀機の回転数を調整した。今はかなり効率がよくなった、それでも大豆や小麦ほどスムーズではないという。
 9月上旬から10月半ば過ぎまで、稲刈りを挟み雑穀も順次収穫期を迎える。電話で尋ねると5日からイナキビの収穫を始めたところだった。「アワはもう少し、ヒエの長十郎もちは倒れてしまい、手がかかりそうだ」と川村さん。ただ収量には影響ない見通しだという。


ミネラル豊富、伸びる売り上げ
 雑穀は食物繊維やカルシウム、鉄分などのミネラルが豊富で、不足しがちな栄養素を補えると注目が高まっている。数種類の雑穀をブレンドして、白米と一緒に炊く食べ方が多い。
 全国生産量はヒエ、アワ、キビの合計で720トン、ハトムギとアマランサスを加えても1250トン(05年)。コメの870万トンに比べれば、微々たる量だ。だがこの数年は減少傾向に歯止めがかかり、生産量は上向きつつある。岩手県は全国生産量の5割以上を占める。
 県のほぼ中央、北上平野に広がる花巻市は、水田面積が1万3千ヘクタールある米どころ。だが長年続くコメの生産調整で、約4割の水田はコメが作れない。
 JAいわて花巻や市などで作る協議会は、雑穀を転作作物として推奨。麦や大豆より交付金が多く出る仕組みにしている。
 この地域で雑穀に注目が集まったのは、93年の冷害によるコメの大凶作と95年の食管制度廃止がきっかけだった。中山間地域の旧大迫町(現花巻市)で産地の差別化を図ろうと雑穀を作り始め、03年からは全市で雑穀の総合産地化を目指し、ヒエ、アワ、イナキビ、ハトムギなどを栽培してきた。
 雑穀は気候が冷涼でコメが育たない地域での代用食として受け継がれてきたため、コメが品種改良され寒冷地でも生産が伸びた60年代以降は衰退した。それだけに当初は「雑穀なんて貧しい作物をなぜ」と強く反発する農家もあったという。
 だが03年に136ヘクタールだった栽培面積は07年に315ヘクタールと急増し、今や花巻は日本一の雑穀の里だ。1ヘクタールの大区画での栽培も試されている。
 LAいわて花巻の藤舘政義常務理事は「全国からの引き合いで、生産が足りないくらい」という。新しく専用の貯蔵タンクと集出荷施設を建設し今年の収穫から稼働させる。同JAの子会社は、雑穀をブレンドしてスティック状に詰めた商品や冷麺、インスタントかゆなどを商品化、大手スーパーなど約130社と取引し、6億円を売り上げている。
 反面、地元での知名度は高くない。市農業振興対策本部は雑穀を扱う商店や飲食店を巡るスタンプラリーや、花巻の雑穀をテーマにしたコンクールを通じて、地元へのPRに力を入れている。
 (大村美香)

 興味深い。都市部の人間の方が、雑穀への偏見は少ないのだろうな。うちではスティックの雑穀ブレンドをご飯に入れて常食している。他にも加工しだいでは、色々と面白い食品ができるのではないかと思う。お菓子なんかには向いていると思うのだが。
 この記事でも使える農薬が少ない、機械が合わず効率が悪いという話が出ているし、実際のところ雑穀は粒が小さく、米や麦などのような大規模栽培には向いていないところがあるようだ。除草の手間は相当大きいようだし。そのあたりが生産のネックになるのだろうな。かといって、あまり効率化してしまうと、それはそれで魅力を失う面もあるしな…
 なかなか興味深い記事。