ロドニー・バーカー『川が死で満ちるとき:環境汚染が生んだ猛毒プランクトン』

川が死で満ちるとき―環境汚染が生んだ猛毒プランクトン

川が死で満ちるとき―環境汚染が生んだ猛毒プランクトン

 ブックオフで100円で買った本。ふと衝動買いしたものだったが、非常にお得な買い物だった。おもしろいというよりは、うそざむくなるような話。
 前半は「フィエステリア・ピシシーダ」という有毒渦鞭毛藻類の発見とその毒性がどのように解明されていったのか。発見者であるジョアン・バークホルダー博士を中心に追っている。さまざまに変化する生態環、富栄養化による活動の活発化、魚を大量死させる凶悪さ、さらには分泌する毒素が人間にも影響し、判断力や記憶を低下させたり、潰瘍を作ったりするというとんでもないプランクトンで、この発見の部分はサクサクと読める。学者の研究資金の確保やら、研究のネタをめぐるやり取りなんかも興味深い。院生の研究成果の横取りって、アメリカでも普通にあるんだな。
 後半はそれに繋がって、ノースカロライナ州の環境・衛生当局とバークホルダーの対立。いや、役所ってのは、どこの国でも役所なんだなといった感じ。河川の水質汚染を認めず、積極的に保護活動を行わない。実際に健康被害が出ているのに、積極的に見て見ぬふりをする。研究者の人選や研究資金の分配を通じて、都合の悪いデータが出てこないようにするやり口。責任回避のやり口などなど。水俣病の時も、こんな感じの対応がなされた/なされているんだろうなといった感じ。
 環境面の規制を緩和して、大規模養豚場を誘致。そこからほとんど未処理の糞尿が排出される。「ラグーン」と呼ばれる粘土で内側を固めた穴に流し込んで「処理」されていたのだが、このラグーンの壁が決壊。豚の糞尿が大量に川に流れ込んで汚染する。このときの衛生局の態度に至っては、積極的に害意があるとしか思えない。大腸菌などの病原性微生物などが大量に流されたにもかかわらず、情報を出さない、遊泳の危険を周知しない、遊泳禁止を早く解除しようとする。なんとも呆れかえる実態。しかしまあ、こういうアレな環境当局って、日本でもたくさん居そうな気がする。
 あと、気になるのが、本書で描かれているフィエステリア・ピシシーダの生態がどこまで信頼できるのか。その後の研究も含めてどこまで信用できるのだろうか。アメーバ状態はどうも他の生物を誤認したものらしいとか、分泌する毒の作用とかには、まだ議論があるらしいし。その凶悪さそのものは公認されていると考えてよさそうだが。フィエステリア症候群は、結局、メリーランド州での調査によって、公式に認められたようだが。10年以上たって、どのような進展が見られたのか。


 以下、メモ:

 さまざまな書物や雑誌やコンピュータのデータベースを調べてみたが、結果は絶望的だった。既知の生物毒としてはもっとも強力なものを産生する種類として特定の藻類を挙げた資料はあったが、そこで得られる情報は不完全で断片的なものばかりだった。有毒藻類を摂食して毒素を蓄積した貝類を食べることによって起こる記憶喪失性の食中毒や、赤潮の原因となる渦鞭毛藻類が出す神経毒ブレベトキンについてなら、詳しい研究がなされてはいた。しかし、全般的に見ればほとんど何もわかっていないのが現状だった。有毒藻類の大増殖がもたらす神経学的・免疫学的影響に関する研究は断片的にしか行われていないのだ。たとえば、有毒藻類が原因ではないかと疑われる病気に対する調査は、国内的にも国際的にもいっさいおこなわれていない。藻類によって引き起こされている可能性があるさまざまな病気は、診療所でも大病院でもわけのわからない病気として片づけられ、実際の半数も報告されていないだろう。ある種の渦鞭毛藻の毒素に発癌性や免疫系を抑制するはたらきがあることを示すいくつかの研究報告が見つかったが、このような毒素に低レベルで長期的に曝された場合にどのような影響があらわれるのかということを調べた研究報告はないも同然だった。p.204-5

 つーか、「有毒藻類を摂食して毒素を蓄積した貝類を食べることによって起こる記憶喪失性の食中毒」なんてあるのか。赤潮なんて魚がヤバいだけと思っていたが、シャレにならんのな。

 一週間たっても、レヴィン博士は何も言ってこなかった。ところが、衛生局に名前を出した漁師のうち二人が彼女のところに電話をよこした。
「おれのところに電話してきたばかは、ありゃいったい何だね?」一人はさも軽蔑したように言った。
「どういうこと?」
「衛生局のやつだよ」
「何があったの?」
「おれがどんなふうに具合が悪いのかって聞くから説明したんだよ。そうしたら何て言ったと思う?『ところで君は酒を飲むんだろう?酔っ払ってそんなふうになるのと、別の理由でそんなふうになるのと、どうやって区別できるんだ?』って言いやがった」
 もう一人の漁師の話もほぼ同じだった。彼は電話してきた相手にあざけられ、侮辱されたと訴えた。
 バークホルダーは激怒した。彼らの名前を教えたくなかったのは、まさにこういうことを心配していたからだった。漁師たちに話を聞かせてもらうためには特別な配慮が必要だ。彼らは見知らぬ人間に個人的な健康問題など話したがらないからだ。話した内容が自分の生活を脅かすために利用されるおそれがあるとなれば、なおさらだ。彼らの信頼を得るためにどれだけ時間がかかったことか。「ジョアン、あんたを信頼していたのに、そのお返しがこれかい?もう、どうなろうと知るもんか。もういっさい何も話さないからね。ほかの連中にもそう言っておくよ」という一人の言葉を聞いて。彼女の胸にはいっそう怒りがこみあげてきた。失ったものは苦労して築いた信頼関係だけではない。いずれ行うつもりだった疫学研究の調査対象集団までなくなってしまったのだ。p.233-4

 もしかしたら、あの男は無用な不安を煽るまいとしたのかもしれない。おれを安心させようと思っただけなのかもしれない。アダムズは電話のあとでそう考えた。しかし、もしそれが目的ならば、それはまちがいなく失敗だった。その疫学者はいかにも居丈高で、こんな電話は仕方なくかけているのだと言わんばかりの態度だったからである。そのときの質問は、こんな調子だった。「あなたには何も問題はありませんよね?それが本当に問題だと思っていらしゃらない、そうでしょう?喫煙や飲酒でもそういうことは起こりうるんですからね。そう思いませんか?」p.273

 黙らせるための「疫学調査」だな。マジでケンカ売ってるとしか思えない。

 また州当局は、利用できるはずの科学的知識や技術を取り入れる努力をしようとはせず、規制導入に際しても、時代遅れな方法や不適切な指標によって得られた情報をもとにしていた。その結果、彼らが行う検査や測定では、工場などから環境に排出されている複雑で有害な化学物質の多くや、水域中に存在するヒト病原体の種類を精確に特定することができないのが現状だ。そんなことであいまいなデータしかないせいで、1992年の環境保護庁の資料によれば、もっとも毒性の強い化学物質を環境中に放出している企業の国内上位10社のリストにノースカロライナ州の6社が掲載されるという不名誉な事態を招くことになった。p.260

 これでよく、局長の首がつながっているなあ…

 衛生局の仕事ぶりを長年にわたって監視してきた人たちの話によれば、当局は環境中に危険が存在することを認めるにあたっては、昔から極端なまでに臆病だったという。汚染源が工業・農業関連のものかもしれないという証拠があがってきた場合にはとくにそうだった。当局は、健康に及ぼす影響の深刻さを局内でどのように判断しているのかについてはいっさい明らかにしないまま、明確な科学的裏付けなしに行動を起こすことはできないと繰り返すばかりで、直接的な疫学調査が必要な場合でも伝統的にそのような慎重すぎる態度を崩さなかった。連邦政府の介入や問題意識を持つ市民やマスコミからの圧力がないかぎり、何もしないケースが多かったのである。圧力がかかると、ようやく疫学調査の必要性を認めるのだが、その後どうなるかは二つに一つである。つまり、ダラダラと時間をかけて調査のむずかしさを強調するか、たいていは、とくに異常なことは見つからなかったという結論をさっさと出すかのいずれかだった。p.371

 なんか日本もこんなの多そうだ。


関連:
Pfiesteria piscicida
連鎖の崩壊 第4部 ミクロの逆襲 -1 瀬戸内海の話。日本でも他人事ではいられないかもって話。
 そういえば、Ciniiで「Pfiesteria」って検索すると、悪役っぽい扱いのノガ博士の文献がヒットする。Jounal@rchiveで全文読むことができるが、英語を読む気はないので、ちょっと見ただけ。