著作権法上は、事典の項目の半分までしかコピーできません

 今日、調べ物をコピーするときに知ったんだけど、事典なんかでひとつひとつの項目に著者名が書かれているようなものは、一項目の半分しかコピーできないようになっているのだとか。裁判で判例も出ているから、図書館側としてはそういう対応をするしかないのだろうけど、不便とか言うレベルではないな。正直、著作権法の「文化的所産の公正な利用」をさまたげる類の規制だと思うけどな。実際、大学の勉強なんかでは、これは不便だろう。見開き以下の作品に関しては、例外規定が欲しいところだ。
 つーか、そもそもベルヌ条約そのものが、特殊19世紀的著作物観に基づいたもので、文化再生産のサイクルを無視しているものだよなあ。文化って、個人の頭の中だけでこねまわしたものではなく、同時代の相互作用やさまざま情報のインプットに基づくもの。前近代には、伝播の過程で、同人誌の二次創作的に読む人が考えを付加していくことで、一つのテキストが形成されてきた。そう考えると、著作者個人絶対主義的な、現在の著作権法というのは不自然だと思う。あと、学術的な情報のやりとりと商業的な娯楽作品の流通が同じ法文で規制されているのも無理があると思う。商業著作権と一般的な著作権を分けたほうがいいのではなかろうか。そう考えると、登録制だったかつての英米著作権法の方が理にかなっていたと思える。そろそろ、ベルヌ条約を諦めて、改めて作りなおす必要があるんじゃないか。
 つーか。図書館でのコピーが不便すぎてどうしようもないな。論文集からコピーするときも、一つの論文の半分までとか、実際やってられない。ほんとになんとかならないものか。
 あと、公的機関が刊行する報告書や白書類については、あらかじめコピーの制限を外しておくようにすべきだと思う。一文、私的利用なら全文コピーも可とか入れておいてほしい。でなければ、常に入手できる環境を整備すべきだ。考古学や文化財の報告書なんか、出版してすぐ以外はほとんど私的な入手は不可能なんだし。リポジトリとか作っといてほしいわ。


著作権法第31条の運用に関する2つのガイドライン
多摩ニュータウンタイムズ[図書館事情 「辞典」のコピー] 卒論に支障がでるあたり、「文化の発展」の寄与していないだろう。
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