今年印象に残った本2024(一般部門)

 今年は、図書館から借りた本を中心に30冊近くまで読んだ本が増えた。30冊くらいになると、最後、どれを入れようかで迷うな。
 図書館本は返すまでに読書ノートを付けているけど、自分で買った本はサボりまくって、年末に駆け込みで処理する羽目に。なかなか苦労した。

10位 畑尚子『大奥御用商人とその一族:道具商山田屋の家伝より』

 漆器などを扱う道具商山田屋の六代徳雅が書いた家伝をもとに、中規模な商家の経営や大奥御用の姿を追う本。
 江戸幕府内でも将軍に近侍する女性の権力が高く、彼女たちの部下になる百姓身分の女性たちも、独自の生計の道を持って、躍動する。叔母にして養母が派手に動きまくっていて、主導権と後始末に追われて苦り切っている徳雅の筆致が。あと、自己資金で3ヵ月もかかるような旅行をやっている豊かさが。
 あとは、平均的な商家の経営持続の困難さとか、晩婚化のためか世代を安定的に継承していく難しさとか。

9位 荒牧重雄『噴火した!:火山の現場で考えたこと』

 「火砕流」の名付け親の研究者の回想録。
 溶岩の実験装置で爆発させまくっていたエピソードがマッドサイエンティスト味。あとは、プレー火山の火砕流がヤバいな。都市を丸ごと飲み込んだ。1970年代のフランスの火山学の素朴さとか、アポロ計画で地面がどうなっているかでいろいろ準備していたエピソードとか、国内では三宅島1983、伊豆大島1986、雲仙普賢岳1991などの噴火事例。特に最後のは、火砕流被害の詳細な聞き取りが印象深い。家が燃え出すまでにタイムラグがあったり。

8位 榎村寛之『謎の平安前期:桓武天皇から「源氏物語」誕生までの200年』

 西暦800年から1000年にかけての変化。
 大陸諸国の求心力の低下とともに、デタントで国家が弛緩していく過程というか、家制度を核に国家を再編成していく過程というか、律令を身の丈に合わせる過程というか。「天皇の父親」を誰が確保するかを巡って、藤原氏上皇が争う政治史。
 女性が内廷で重きを成していた状況から、徐々に公的世界から排除されていく。しかし、そうやって押し込められた女性の宮中サロン文化から、王家の財産を差配する女院権力が立ち現れてくる逆転劇が印象深い。
 あとは、900年あたりまでの文人官僚や女官の実力主義の世界とか。

7位 山田誠『隠された標的:戦時改描図の世界』

 戦時中、軍事施設や重要インフラを書き換えた「戦時改描」の実際を、改描以前、改描図、最新地形図の比較で見せる本。消す地物の基準がブレていたり、だんだんと判断基準が厳しくなっていくのが印象深い。水力発電所は、ドイツでは狙われているし、消すわな。あとは、部隊駐屯地や飛行場、通信インフラ、大規模工場など。
 結局、改描以前の地図がアメリカにセットで存在して、無駄な労力だったわけだが、やらないわけにはいかないのも確かだしな。なんとも悩ましい。
 というか、結局、自国民が不便になっただけじゃね。

6位 小見山章・加藤正吾『森の来歴:二次林と原生林が織りなす激動の物語』

 全部の木の太さを記録して、可能なら年輪をドリルで採取して、それぞれの分布から、当該の森の来歴を探る本。岐阜県内をフィールドとした研究。聞き込みも加えて、過去何があったかを探れるのが印象深い。
 「原生林」と言われる森林でも火山災害や台風の倒木被害などで、数百年単位で更新されている。
 人間が伐採した後に再生した二次林では、よりビビッドに変化している。軍用牧場が戦後放置されて白樺林になったり、岐阜市近郊の金華山がけっこう、伐採圧を受けていたり、採掘や製炭などでごっそりと木がなくなって、その後数十年かけて森林が回復している姿。
 あるいは、高度成長期以降、森林に利用圧力がかからなくなった状況とも言えそう。

5位 古峰文三『現代砲兵:装備と戦術』

 軍事本枠。
 戦後の砲兵の戦術や装備の変遷を紹介する本。現在では155ミリ砲一色に統一されている感のある砲兵部隊も、こういう形に落ち着くまでにいろいろと選択肢があった。自走砲は、高価で、十分数が揃わない。ソ連の優勢な砲兵戦力に対抗するために、牽引砲は欠かせない。ついでに、そもそも、平時では砲弾の備蓄が全然足りない。
 そもそも、戦術核でワルシャワ条約機構軍を吹っ飛ばすつもりが、柔軟反応戦略で通常戦闘を考慮しなくてはならなくなった冷戦後期の状況に対応した装備が現在の砲兵装備の基本。
 小部隊が自前で使える迫撃砲やロケット弾、対戦車ミサイルも別階層で重要、と。

4位 大河内直彦『チェンジング・ブルー:気候変動の謎に迫る』

 地学本。
 気候変動関係の名著。気候変動に関する研究史を人と中心に描く、アメリカのドキュメンタリー方式の本。
 こうしてみると、核技術からスピンアウトした技術が、地球科学の発展には欠かせないのだな。同位体元素を利用した年代決定や当時の気温の決定などの知見がなければ、過去の気候など全然検出できない。
 そして、過去の気候データの精度では、今後の気候変動を予測するモデルには、まだまだ遠い、と。

3位 中林雅『新・動物記4:夜のイチジクの木の上で:フルーツ好きの食肉類シベット』

 最近、ビントロングが一推し生き物ということで、手を出した本。
 スマトラ島のパームシベットやビントロングをガチで追いかけて、観察した記録。夜行性、樹上性というダブルで観察が難しい生き物。あと、熱帯雨林の過酷さが。
 体は果樹食に適応していないけど、基礎代謝を押さえて変温動物になって適応しているとか、毛の安定同位体比からはビントロング以外はけっこう動物タンパクを摂取しているとか。ビントロングが実が大きなイチジクの散布者として重要とか。野生状態のビントロングの姿が印象的。

2位 岡地稔『あだ名で読む中世史:ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる』

 名前を手がかりに、家門意識を炙り出しているのが興味深い。
 特定の名前を共有することで、親子や近しい親族の関係を表わしている。一方で、同じ名前の人間が被るからあだ名が発展する。しかし、同時代にどんなあだ名が使われていたのかを証明するのはなかなか難しい、と。文字コミュニケーションが主流でない社会では、私的な情報は残りにくい。
 あと、有名人の数代前になると、事蹟が全然追えなくなるというのもすごいなあ。
 11世紀あたりになると、お城を核とした親族の結集という変化が起きる。城の名前を苗字としたド・○○やフォン・○○の出現。
 つーか、ユーグ・カペーのカペーが何かよく分からないのというのが…

1位 戸森麻衣子『大江戸旗本春夏秋冬』

 今年、一番印象に残ったのはこれかな。
 旗本の私生活について、日記や文書類から復元していく本。住居、由緒や相続、結婚や家族、家臣団、年中行事や日常の生活など、旗本の様々な生活の局面が紹介される。
表・奥・大奥という大きな屋敷の構造が、旗本屋敷でも縮小再生産される状況。あるいは、大身の旗本だと家臣団もそれなりの規模になるため、いろいろと事件が起ったり。女性の教育が家の文化資本に左右されるとか、離婚率がけっこう高かったり。食品の贈答品がスルーパスされるような状況とか。