大学出版部協会編『ナチュラルヒストリーの時間』大学出版部協会(ISBN:9784903943008)

http://www.ajup-net.com/top/natural.shtml(直販のみらしい。ジュンク堂には在庫があるようだ)
 博物館や大学の理学部の自然史研究者による5ページ程度の小文を集めたエッセイ集。研究者それぞれが、どのような対象を扱っているかを簡潔に書いているので読みやすい。また、このような研究がなされているのかと、その点でも面白い。
 個別の自然史研究や博物学史的なものなど、内容は多岐に渡るが、印象に残った記事をいくつか。
まず、第6話「京都の語り部:深泥池」と第18話「現代によみがえったインカ時代の狩猟」にかんして。人間と環境の関わりのあり方について。前者では、京都の北にある心霊スポット、もとい独特の生物群が残る深泥池について。この池の独特の生物群集は貧栄養環境で継続しているが、これは周辺の住民による水草の採取、周辺の山の乏しい植生など、都市京都の近郊にあったればこそ、存続してきたのではないかという指摘。後者は、アンデスで行なわれる「チャク」という追い込み猟が現代に蘇ったという話。かつて、インカ時代にはインカ王の直接指揮下で、2万人以上を動員して行なわれたそうだ。この多人数によってグアナコやビクーニャを追い込み、毛を刈って解放していたとか。この場合、グアナコやビクーニャは野生動物に見えるが、人間との関係は半ば家畜的な状態にある。環境と人間というのは、截然と分けられるものではないのだなと感心した。
 他にも、江戸時代の博物学に関連する文章が三篇ほど。あと、個人的に面白かったのが、アリの研究とマンボウの研究の話。アリの巣に入り込む「好蟻性生物」を扱った第17話「ふしぎの国のアリ巣」や熱帯雨林の林冠の生物の5割以上を占める「林冠アリ」の生態的な位置についての第20話「熱帯雨林の林冠アリ」は、この細かい生き物がまだまだ面白い謎に満ちていることを知らせてくれる(しかし、草取りの時に噛み付いてくるのは勘弁な)。第14話の「マンボウと標本」は、大型の魚類の研究の難しさが興味深い。確かに、何トンもあるような生き物を液浸標本にして、保管することができるような施設はないだろうしな。
 このように非常に楽しく読めた本だが、最後の「自然史文献リスト」について一言。これは、著者名順に配列してあるが、テーマごとの配列にしたほうが有用だったのではないだろうか。素人が興味がある文献にたどりつくには、著者名順では難しいのではないだろうか。ここはもう少し、工夫の余地があったのではないか。このあたりに、この本がどの読者層向けなのか分かりにくさを感じさせるものがある。


 自然史系の研究、特に採集や分類について分かりやすく読めるものとしては、廃刊になったものの国立科学博物館国立科学博物館ニュースが良かった。実際に研究者が海外で行なった研究の報告が入っていたり、博物学史や技術史系の読み物があったり。