古是三春『ノモンハンの真実』

ノモンハンの真実 日ソ戦車戦の実相

ノモンハンの真実 日ソ戦車戦の実相

 主に機甲部隊の戦闘と航空戦についてを扱う。戦術的な場面では、日本側が勇戦し、ソ連に出血を強要したことを強調。一方的に敗北したという見方を批判する。確かに日本軍は戦術面では、かなりの戦果をあげたとは思う。しかし、戦術面でいくら善戦しようと、負けは負けというか。ソ連側は日本の侵出意欲を削ぎ、二正面作戦の可能性を減らした。対して、日本側は対ソ戦意を挫かれ、ただでさえ対中華民国戦争で苦しんでいる状況で、新たな緊張関係を作り出してしまったわけで。戦略面での勝敗は明確だと思う。
 あと、日ソの実際の戦いぶりを考えるなら、事件全体の損害率だけではなく、各段階での投入兵力とその損害状況を両者について明らかにする必要があるのではないか。
 なんというか、タイトルは大きく出すぎのような気がする。陸戦については、マクシム・コロミーエツの『ノモンハン戦車戦』を読めば十分な感じもするし。


 前半は陸戦について。特に第一戦車団の敢闘について採り上げている。1939年7月2日の第4戦車連隊の夜襲の戦果を中心に、日本の戦車部隊がこの時期には、かなりレベルが高いものであったことを強調する。第1戦車団が精鋭であったことは確かだし、この時点での日本軍の戦車が世界レベルでそう劣ったものではないというのも確か。しかし、軍全体のドクトリンのレベルはほめられたものではないと思った。このあたり、いろいろクドい話で現在連載されている「砲兵の仕事」のと読み比べてみると興味深い。火力戦の前での戦車の脆さを、両軍ともに晒している。また、日本軍戦車部隊のソ連軍陣地への正面攻撃は機動戦のセオリーから外れているようにも思う。
 また、第4戦車連隊の夜襲についての評価も、そう手放しに誉められたものではないと思う。結局のところ、連隊長の玉田少佐の孤発的な工夫の産物で、これがその後、どの程度有効性を持ったのか。初めての試みであり、しかも雷雨に助けられたのではないか。特に、後のサイパンで、米軍橋頭堡に戦車部隊による夜襲をかけて、逆に徹底的に粉砕されたという事実を後から知る立場にある、現在から見れば。
 しかし、前線部隊の敢闘はともかくとして、この作戦の指揮の拙劣さというのは、酷いものだ。作戦直前の部隊の入れ替えや個々の部隊がばらばらに攻撃を行う状況、架橋資材の不備に見られる準備不足、兵站の弱さ。十分な準備ができないなら、徒な強硬姿勢に出るべきではなかった。まして、敗北後の処理の無責任さ。辻政信を中心とする関東軍参謀が責任を回避し、前線指揮官は自決を強要される。日中戦争が泥沼化し人的資源に苦しんでいた状況で、兵員を粗末に扱う感覚など。目を覆わんばかり。


 航空機戦編は興味深い。航空戦力に関しては、ソ連側が一貫して勝っていたこと。初期には、日本側のパイロットの技量が勝っていたので、制空権は日本側に帰した。しかし、後半になってくると、ソ連側にベテランパイロットが着任、一撃離脱や着陸時を襲撃するなどの対策が施されるようになる。これによって、日本側の被害が急増。数の差が生きてきて、ソ連側が制空権を握るようになる。空戦の状況が概観できる。
 ノモンハン事件時の航空戦については、概観できる物があまりないので、便利。


 本書の著者は元共産党職員だったそうで、そういう人が産経新聞から本を出すというのには、何となく違和感。