『歴史群像』2017/8号

歴史群像 2017年 08 月号 [雑誌]

歴史群像 2017年 08 月号 [雑誌]

 8月前半に、何冊かまとめ読みしたバックナンバーの読書ノートが、そのまま、滞っている。雑誌の感想って、なんか、時間とか、手間がかかるんだよなあ。8月中に処理できるのだろうか。残り3冊。


樋口隆晴「沖縄戦
 主導権を奪われて、補給ラインも脅かされた日本側は、どこをとっても兵力不足になったんだろうけど。
 航空基地としての整備から、実際に上陸部隊に備えた陸戦部隊への、防衛計画の転換。さらに、台湾防衛のための師団抽出と現地司令部に芽生えたの上層部への不信。
 日本側の上陸海岸の読み違いや無謀な攻勢、「衝動的」な島尻への撤退。戦略的な側面を考えると、空港を占領した時点で、終わっていた、と。その後は無駄な犠牲だったと指摘する。長沙作戦なんかもそうだけど、けっこう、衝動的な作戦決定多いよなあ。
 一方で、米軍側も、定型的な戦術にこだわって無駄な損害と陸海軍の不協和音を出してしまった、必ずしもうまく行っていない戦い方をした。
 日米両軍の歩兵火力の差も、印象的。日本軍側の近距離での火力の欠如が、陣地の奪還を不可能にしてしまったという指摘。近接戦では、日本側は完全に撃ち負けするのか…


橋場日月「道三vs.義龍:戦国美濃争乱記」
 斎藤家の父子の相克を、尾張・美濃経済圏を目指す勢力と敦賀・近江・京都繋がる北国経済圏を目指す勢力の対立として整理した話。どこまで、この見解が妥当か、ちょっと判断しかねるのだが。このあたり、研究史を知らない。
 あとは、織田と朝倉の、ともに斯波氏の守護代クラスとしての対立意識とか。
 信長が、上洛後、真っ先に若狭方面への進出を試みていることから、彼が近江を中心に北国・尾張大阪平野の流通ルートの制圧を目指していたのは確かなんだろうけど。
 義龍が美濃をまとめて、尾張にさかんに調略をかけていたこと。親義龍勢力の制圧に、信長は死後、二年もかけている話も興味深い。


田村尚也バグラチオン作戦」
 ドイツの中央軍集団を粉砕した、1944年夏季攻勢について。どうも、「作戦術を最初に言語化した」ことの有効性がいまいち分からないんだよなあ。主導権を取れた側が有利以上の何かを産みだせているのだろうか。
 航空戦での、ドイツ側の衰退、それによる偵察能力の低下で、まともに対応できなかった側面の方が大きいのではなかろうか。


坂本犬之介「大村益次郎
 咸宜園や適塾といった、当時の一流の教育機関で教育を受けて、一流の洋式兵学を身につけていた。幕府と長州藩の奪い合いも興味深い。運用が大事と。
 長州藩での士官学校での、翻訳を用いた促成栽培、小所帯だったために大村にフリーハンドが与えられたことなどが、大きかった。長州軍は散兵によって優位に戦ったが、幕府歩兵や紀州藩兵などの洋式部隊相手に、開けた土地で戦うのは不利であった。このあたり、興味深いな。
 そういえば、農兵への依存という点では、肥後藩も同じことしているんだよな。


野原茂「日本陸海軍機旋回機銃・銃座発達史:海外技術の導入と純国産化の蹉跌」
 基本的には、海外の装備を模倣・ライセンス生産したものが基本だった。日中戦争以降、戦闘機との戦いが現実になって、急速に、抵抗の少ない銃座の開発や武装強化が進んだ。戦闘機の速力向上によって、手動ではなく、動力銃座が必要になった、などなど。
 遠隔操作式の失敗や海外製品の模倣がことごとく物にならなかったのは、なんとも。結局、付属装備であった防御機銃の独自開発まで、手が回らなかったわけか。


田村英紀「日本陸軍・兵隊生活の必携アイテム」
 裁縫道具に、市販薬、洗面具に時計、タバコ。よその隊から装備を「調達」することは基本で、盗難防止の鍵が重要であったというのも、なんともはや。慰問袋の中身なども。


久野潤「インタビュー:伊津野省三:キスカ撤退作戦に参加した軽巡『多摩』乗組員」
 1941年に海軍兵学校に入学し、多摩で砲術士官。ほとんど砲弾が命中しなかったアッツ島沖海戦、濃霧の中でのキスカ島撤退作戦。そこから、潜水艦乗員へ。伊58から、訓練潜水艦に。


山崎雅弘「インドと第二次世界大戦
 イギリス連邦軍として地中海方面や東南アジアに動員。さらに、枢軸側も、捕虜となったインド人兵士を、「インド独立」のためと称して、軍に組織。


斎藤充功「実録樺太対ソ情報戦:北緯50度線を挟んだ静かなる戦い」
 現地の特務機関の長であった扇貞夫の手記をもとにした、樺太での諜報戦の実際。先住民を利用した浸透作戦や、浸透へのカウンターが行われ、かなりの犠牲者を出した、と。このあたり、全然知られていないというか、日本側はほっかむりだな。つーか、戦後、日本軍協力者はどんな目にあったのやら…
 放送の傍受や潜入による兵要地誌の資料収集など。
 興味深い。


井上達昭「戦跡レポート:南海に孤立した日本海軍の拠点」
 リン鉱石の確保のために、占領。しかし、ここからの資源獲得は全くできなかったと。こんなんばっかりだな。部分的に、トーチカや砲が残っている、と。強制移住によって現地住民に多数の犠牲者を出した話やオーストラリア軍の捕虜の扱いのひどさなどなど。


白石光「銘艦ヒストリア:定遠級装甲コルベット
 割と好きな船だけどね。


古峰文三「日の丸の翼:海軍九五式水上偵察機
 高性能を狙った後継機がことごとく失敗して、中庸な性能の九五式が長く使われることになった。爆撃機の補助に、二座水偵を使いたかったために、後継が無理をしたというのは、日本らしい状況だなあ…


有坂純「縦横無尽!世界戦史:カタパルト vol.1」
 古代の軍事技術競争。地中海世界では、カタパルトの火力が戦争の帰趨に重要な影響を与えた。野戦で扱う軽快な弓から、攻城用の大型のものまで。人間の髪の毛などをねじったトーションスプリングが、この時代のメインである、と。