熊野聡『ヴァイキングの経済学』読了

ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易 (historia)

ヴァイキングの経済学―略奪・贈与・交易 (historia)

サガを素材に、中世北欧(ノルウェーアイスランド)の人びとの物と社会の関係を明らかにした本。
平易かつ興味深い。
「農民」と呼ばれる豪族たちのあり方。多数の従士を抱え、周囲の住民に惜しげもなく物を贈り、それによって社会的威信を維持する生き方。外部から入手する必要がある品物を、各種の贈与を通じて入手する社会のあり方がありありと描かれる。
本書の白眉は「めんどりのソーリルのサガ」を素材に、13世紀アイスランド社会の物の取引、その背後にある社会規範、さらに暴力を背後にもつ取引の性格を明らかにした、中盤部分だろう。
「めんどりのソーリルのサガ」に描かれる、その取引は、市場経済社会に生きる我々を困惑させるようなものであった。細かく紹介することまではしないけど(というより短くまとめきれない)。


本書の欠点を指摘するとしたら、一般住民・行商人の経済や市場を介した物品の流通が、ほとんど言及されないことだろう。サガという史料を使用する限界から、仕方ない部分はあるのだが。


以下、メモ:
「そもそも作者の関心は、事件そのものの経過を物語ることにはなかったとさえ思われる。この作品の特色は、訴訟のために原告が有力者の支持を獲得する工夫をはじめとして、形式的には嘘をつかずに実質的には人をだますトリックにあり、こうしたトリックを考案し作品中に披露することがサガ作者の創作動機のひとつになっていると思われるのである。」(p.75-76)
つまり、サガというのは当時のミステリだったと。


「遠隔地かたらやってきた商人は、商品の売却と欲しい商品の購入および宿泊・食事の必要経費という純経済的行為だけではこの商用旅行をすませることができない。
……
ビジネス関係ではなく人格的関係(「友情」)を結び、こうした人的庇護を受けてはじめて、商用もすますことができるのである。」(p.164-5)
このあたりの、遠隔地商人の受け入れと必要なサービスの提供が純経済的行為だけでは状況は、けっこう後の時代にも見られるのではないだろうか。中世後期にいたっても、宿屋の主人と遠隔地商人の間には、ある種の保護・被保護関係があるように見受けられる。それ以前の時代、例えばシャンパーニュの大市などではなおさら。もちろん、貨幣を支払いの見返りに行われるサービス業という性格が前面に出てくるのは確かなのだが。
この手の、宿屋の問題は、けっこう面白そうなので、いくつか論文をコピーした記憶があるのだが、どこかに埋まっていて発掘不能