ニコラス・マネー『チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話:植物病理学入門』

チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話 植物病理学入門

チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話 植物病理学入門

 樹木や各種の作物に感染する菌類についての話。読むのに結構時間がかかった。ちょこちょこと読み進めて、一週間くらいか。菌類の生活環や感染機構あたりは、なじみがなさすぎて難しい。
 アメリカグリ、ニレ類、コーヒー、カカオ、ゴムの木、ムギ類にジャガイモなど、人間とかかわりの深い植物に取り付く菌類を扱う。細かい生物学的な解説については、実際のところ余り理解できていないが、本書の明確なメッセージは森林の伐採やプランテーションの開発、植物の大陸間の取引といった開発行為が、菌類に新たな「環境」を提供し、それが厄介な疫病を出現させているということだろう。その点では、エマージェンス・ウイルスと同じ構図だなと思った。あと、樹木に感染する疫病が1910年前後にまとまって現れていると指摘しているが、この時代に一斉に菌類が変化するような、人間と自然のかかわりの変化があったのだろうか。
 本書では、カカオ・コーヒー・ゴムといったプランテーション作物や南米から他の大陸に移入されたジャガイモといった、近代化にともなって普及した植物が目立つ。本書では、「単一栽培」や遺伝的多様性の低い植物群の脆弱さを強調しているが、まさにこれらの植物群は、遺伝的多様性が低いものの代表と言えよう。コーヒーやゴムは、ごく限られた種子から増やされているから特に危険性が高いように思われる。かつ、本書で紹介されている病気の破壊力を思うと、薄氷の上にいるような恐怖を感じる。ついでに、近代の(18世紀あたりからの流れに乗っている)世界システムは、どこまで持つのか悲観的になってしまう。
 以下、メモ:

コーヒーノキの栽培種は遺伝的にかなり固定されていて、現在世界で単一栽培されている作物のうち、病虫害に最も弱いもののひとつとされている。p.95

 どこで、どんな作物を栽培する際にも必ず問題になる、菌学上の三つの考え方、もしくは原則について話しておく必要がある。
 第一は、「菌は単一栽培された作物に引き寄せられやすい」ということである。大量に栽培される作物は、抵抗するか、攻撃されるか、いずれにしろ遺伝的にまったく同じ性質を持っているので、農場は菌にとっておいしい餌があふれる海になりかねない。
 第二は、「自然分布域の外で栽培されると、作物はよく育つ」ということである。ただし、栽培植物に病原菌がついてくることがなく、原産地で有害だった菌の侵入を完全に防ぐことができれば、の話だが……。あまりいいたとえ話ではないかもしれないが、遊園地の動物園にウサギを運ぶ仕事を請け負ったボランティアグループが、ウサギを入れた檻をトラックに積むとき、隅にいた狐を追い出すのを忘れたようなもの、とでもいえばいいだろうか。
 第三は、農家に忠告してもしなくてもいいようなことだが、「自然分布域の外で育った作物は、新しい場所にいるあらゆる種類の病害虫に襲われる危険性が高い」ということである。p.146-7

 情け容赦のない森林破壊とあいまって、どんどん広がる大規模単一栽培型の農業が、遺伝的にまったく均質で巨大な餌場を病原微生物に与え、その繁殖を促すようにしてしまったのである。さび病や黒穂病は、しばしば農民を不安に陥れ、何千年もの間、人類を飢餓に追い込んできた。ところが、十九世紀に入って荒っぽい農業機械が草原を引っ掻き回すようになると、病原菌たちはそれに対抗するように、少なくとも歴史的に見て人類が始まって以来、最も大きな胞子の雲を作り、それをまき散らすようになった。そこで登場したのが、植物病理学と化学殺菌剤だった。p.211-2

そう考えると、近代化されていない農業が、品種を選抜せず、雑多な状態で栽培してきたのは、正しい知恵だったわけだ。

 生物の歴史を通してみると、植物と菌類との間に何度も破滅的な衝突が起こったのは事実である。しかし、だからといって植物病理学にある底抜けに楽観的な見方を肯定するわけではない。薬剤の使用も含めて、我々が生物圏に加え続けている攻撃は、菌類の流行病をますます悪化させ、その頻度を急速に増加させているのである。
 もう一度、本書に取り上げた多くの物語を思い出していただきたい。コーヒーのさび病からカカオノキの天狗巣病、ゴムノキの胴枯病、ジャガイモ疫病、禾穀類の病害に至るまで、すべての病気の流行は、我々人類が無理やり単一栽培を拡大したことに根ざしている。
 オークの突然死病やジャラの枝枯れ病のように、病原菌が遺伝的多様性の高い宿主を襲う例が増えているのも事実である。それは我々人間が、植物を地球規模で移動させたり、その生息地を撹乱したりするなど、自然に対して激しい干渉を加えた結果にほかならない。
 現在、地球の人口は六〇億を超え、最近の予想によると、今世紀半ばには九〇億人に近づこうとしている。必然的に食糧確保のために単一栽培に頼らざるをえなくなり、その結果、自然生態系の破壊が加速度的に広がることも避けられないだろう。ヒトという種が滅んでいく道筋を考えると、そこには必ず疫病菌やさび病菌、腐朽菌などが顔を覗かせる。菌類はどこにでもいて、我々よりもずっと長く、おそらく永遠に生き続けるだろう。p.245-6