L.A.クラークソン『プロト工業化:工業化の第一局面?』

プロト工業化―工業化の第一局面? (シリーズ社会経済史)

プロト工業化―工業化の第一局面? (シリーズ社会経済史)

 プロト工業化をめぐる議論を要領よくまとめた本。常々興味を持っていたので、勉強してみようと思って手に取った。プロト工業化とは、説明しにくいが、産業革命の前段階として、農村における工業が発展し、ここから工場制の生産が発展したというモデルのことを言う。
 85年の時点で、実証的な研究では否定的な見解が出ているのな。本書でも指摘されているが、それこそ中世後半のフランドルで農村工業と都市工業の競合が問題になっているわけだし。そもそも、「工業化」という問題に関しては、繊維工業は傍流の話なのではないかと思う。経済史では、昔から重視されてきたわけだけど。あとは、販路の問題をもっと重視すべきなのではないかと。
 あと、驚いたのは、むしろ繊維工業に関しては、意外と工場制の生産と親和性が高い地域もあったということ。断絶の方が強いと思っていた。


関連文献:
イギリスにおけるプロト工業化論の再検討 : ヨークシャ・ウェストライディングの事例から

 これまで紹介した事例は繊維工業の場合であり、一般に、プロト工業化の研究文献では、毛織物業とリンネル工業の議論が支配的である。しかしながら、農村工業は、繊維工業に限定されていたわけではなかった。たとえば、イングランドには17世紀後期と18世紀に二つの重要な金属加工地域が存在したが、それらは、「プロト工業的」とみなすこともできよう。というのは、それらの地域は、農業労働者をパート・タイムで雇用し、輸出市場向け生産をおこない、結局は工場制生産の中心となったからである。ミッドランズ西部 West Midlands のウォールソール Walsall やバーミンガム Birminghamの周辺では、かなりの比率の農村住民が、農作業の傍ら、釘、ナイフ、大鎌、錠前などを製造していた。その製品の多くはアメリカ市場向けで、アメリカの開拓者の丸太小屋はバーミンガム釘で留め合わされていたのである。同じ様に、ヨークシャ南部のシェフィールド Sheffield 地域では、「農業と金属加工を兼業していた農民=職人」によって、ナイフ、大鎌およびその他の刃物類が輸出向けに製造されていた[38,18;23;82も参照]。ヨーロッパ大陸では、リエージュLiege 地方とラインラントに重要な金属加工地域があった。p.21-2

 金属加工とプロト工業化というのは、意識に無かったな。メモ。
D.Hey, The Rural Metalworkers of the Sheffield Region:A Study of Rural Industry before the Industorial Revolution(1972).
W.H.B.Court, The Rise of the Midland Industries, 1600-1838(1938).
M.B.Rowlands, Masters and Men in the West Midland Metakware Trades before the Industorial Revolution(1975).

 ここに理論的な難点が生じる。なぜなら、プロト工業化論によれば、家内工業は人口の成長を刺激し、その結果労働供給の増加を刺激したと仮定されるからである[第4章参照]。そこで、その際、労働需要が結局はその供給より早い速度で増加したということが仮定されねばならない。労働費用の上昇に直面すれば、商人や雇用主はさらに広い地域に雇用の網を拡大していかなければならなかった。このことは、さらに分配費用と監督費用が増大するという結果をひきおこし、ついに、生産方式を再組織して労働者を監督可能な集中作業所に雇用し、また労働生産性を高める機械を考案・導入することの方が安くすむ、ということになったのである。p.36-7

 うーん。

ここで強調すべきは、18世紀に工業生産物の需要が増大すると農民=製造業者の農耕の時間が減少したようであるということである。p.78

 ここの「18世紀に工業生産物の需要が増大」というのを重視するべきだと思う。基本的に、ヨーロッパが独占的にアメリカ大陸の資源を開発できたこと。これが、ヨーロッパの近代の経済発展には重要だったのではないかと考えるのだが。

 ここで、プロト工業化が「工業化以前の工業化」の叙述として最大の弱点を呈すると思われる点に言及するとすれば、それは、プロト工業化が問題とする工業部門が非常に限られていることである。実際に具体的な事例はすべて、羊毛工業、リンネル工業および綿工業からとられている。金物類や革製品の製造といった他の生産活動への言及がほんの少しなされはするが、それらを除いてはほとんどない。また、工業化以前の都市や村にみられた非常に数多い製造業も除かれている。すなわち、木工、屋根ふき、ガラスはめ込み、建築、男女別々の服の仕立て、醸造、製靴といった製造業で、それらの生産活動は、実際、基本的な消費財の地域的需要を満たしており、遠隔の海外市場向けではなかった。また製鉄、採鉱、製粉および製紙といったより資本集中的な企業も、プロト工業化の概念でとりあげられることはなかった。このように除外する理由は、もちろん、そのような形態の製造業がモデルの動態的側面に適合しないからである。p.80

 まあ、「世界経済」と関わりがないのは除いたということかもしれないが。鉱業・金属産業は重要だし、そこでの展開が、実際には産業革命にいたる主要ルートだったと思うのだが。