ピーター・ワダムズ『北極がなくなる日』

北極がなくなる日

北極がなくなる日

 人類、もう、だめぽ…


 見た目、それほど重そうに見えなかったが、かなりガチの気候学の本だった。ズルズルと読むのが遅れて、一月近くかかってしまった。途中で、他の本にガンガン抜かれまくったわけだが。
 いや、割とガチで海氷の形成過程なんかの解説があって、後半は将来の悲観的な見通しがつらい。
 そうか、人類はもう取り返しのつかないほど、温室効果ガスを大気に注入してしまったのか…


 最初の5章は、極地の海氷や気候変動に関する基礎知識。北極の海氷がどのように形成されるか、地球史を通じての気候の変動、温室効果ガスの紹介など。地球史全体でみると、現在はかなり気温が低い方なんだよね。一方で、スノーボールアースのようなとんでもない寒冷期もある。あとは、海氷の形成に関しての波浪の影響の大きさ。


 6-7章は、本書の核となる、北極の海氷の消滅危機。遠からず、夏に海氷が消滅する。さらに、冬もなくなるかもしれない。形成されても、浪と海流で、北極海から流し出されてしまう。イギリスは原子力潜水艦を、北極海の海氷の観測に投入したのか。北極海での、ソ連原潜との競り合いを考えると、海氷の海面下のコンディションや水塊の動向などは、軍事的に重要な情報だったのだろうな。そして、この観測によって、海氷が薄くなりつつあることが明らかになった。そして、2010年代に入って、その傾向は急速に進み、遠からず夏に、海氷がなくなる可能性が高い、と。


 後半、8章以降は、これらの変化の未来予想と対応策、なんだけど、これもう人類駄目じゃね。今までに放出してしまった温室効果ガスだけで、温暖化が自律的に進行するフィードバック状態に入ってしまっている。そして、すでに注入された温室効果ガスは長期間大気に残る。正直、人類文明が化石燃料を燃やして、そこからエネルギーを得ている状況は、近代科学文明の根幹で、劇的な排出の削減は出来そうにない。原子力発電も、お湯を沸かして、タービン回すという点ではたいして変わりが無いし、放射性廃棄物の長期管理にエネルギーを必要とする点でエネルギーの収支が赤字になりかねないし。諦めて、今を楽しむという思考もアリなのかなあ、などと。


 夏場の海氷面積の縮小によって、すでに、太陽光の反射率アルベドが低下し、なにもしなくても太陽のエネルギー吸収率が増加し、北極の気温が上昇し続けるモードになっている。さらに、地上の雪や氷床の縮小は、地球のアルベドを上昇させる。
 さらに危険なのが、二酸化炭素よりも温室効果が高いメタンガスの大量放出の危険。北極では、陸海を問わず、永久凍土に蓄えられたメタンガスが存在し、すでに放出が始まっている。シベリアで謎の穴なんてのは良く聞くが、海底のメタンハイドレートの放出も始まっているのか。ギガトン単位のメタンガスが排出されるとなると、その前に回収して、燃やしてしまうのが上策かねえ。エネルギー源としては、天然ガスより高く付きそうだけど。
 さらに、南極における気候変動は、中緯度地域にも影響を及ぼす。大気の熱交換のバランスが変化し、偏西風の蛇行が拡大。極端に寒い冬や酷暑の夏をもたらし、ハリケーンを強大化させる。北極の変化は、遠いところの変化ではない。これらは、食料生産に影響を与え、人口増加が進んでいる食糧供給に影響を与えかねない。


 これに対して、何が行いうるか。二酸化炭素の排出削減は、もう、間に合わない。排出削減の努力はする必要があるが、それよりも現在の変化を抑止するジオエンジニアリングの手法を導入する必要がある。
 気温を下げる手法としては、北極で微少な個体粒子を散布し、雲を白くする。あるいは、成層圏に微粒子を散布する「エアロゾル注入」。二酸化硫黄を成層圏にばらまくねえ。気温は下げられるだろうけど、どこにダメージが行くかわからない賭け感はあるなあ。あと、地表に落下してきたときの悪影響なんかはどうなんだろう。
 大気から人工的に二酸化炭素の除去を行うなどの手法も提案される。化学的に二酸化炭素を固定するのは、難しそうな気がする。マンハッタン計画なみの投資をすれば、なんとかなるかもと著者は希望を抱いているようだが。穏当なのは植林かな。
 日本の竹林やクヌギなどの薪炭林といった成長の早い植物を定期的に伐採して、これが分解されないように処置できれば、純粋に二酸化炭素を除去できる訳だが。輸送や伐採のエネルギー消費をできるだけ下げるというのも必要になるだろうなあ。


 なるべく化石燃料を使わない発電方法を使うように気をつける。二酸化炭素を出さないクリーン・エネルギーの技術開発。そして、原子力発電とジオエンジニアリングへの忌避を避ける。原子力発電に関しては、現状の湯沸かし発電器は諦めて、ペブルベッド原子炉やトリウム原子炉を推奨しているが、これ、実際にどの程度有望な技術なのだろうか。あと、エネルギー貯蔵に関しては、「大型電池と液体変換システムでほぼ解決したに近い(p.292)」と述べているが。検索してみると、フロー電池 - Wikipediaのことらしい。
 個人的に、現状の人類文明を技術でなんとかできるかは、悲観的だけどねえ。


 第11章のグリーンランド沖の表層水沈み込みの「チムニー」あるいは、第13-14章の英米での温暖化否定の活動も印象深いが、詳細はパス。