田近英一『凍った地球:スノーボールアースと生命進化の物語』

凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)

凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)

 「スノーボールアース」理論の出現と発展を、提唱者に比較的近い立場の地球システム科学者が書いた本。最初に原生代後期6億年くらい前の時期の全地球凍結が明らかにされて、その後22億年前の全地球凍結の存在が指摘されるようになったのか。とりあえず、低緯度まで氷河で覆われたというのは、基本的に承認された考え方のようだが、細かい部分では論争が行われていること。スノーボールアース仮説の最初のコンセプトが、地質の分析から発想され、赤道域に大陸氷床が存在していたことを示す古地磁気学的証拠、氷河堆積物にともなって10億年ぶりに縞状鉄鉱床の形成、氷河堆積物上の熱帯性キャップカーボネートの存在、炭素同位体の記録が光合成活動の停止を示唆しているという問題を一気に解決できるメリットがある。一方で、生命の歴史の方はずいぶんと弱い気がする。光合成や酸素を呼吸する生物が、地球全体が氷で覆われるハード・スノーボールアースで生き抜くことができるのか。特に、最初のコンセプトでは、大気と深海の物質のやり取りが氷によってさえぎられる必要があるわけだが、それで光合成生物が生き抜くのはものすごく難しいのではなかろうかと思った。そういう点で、生物の進化に影響したかもという議論は、まだ難しそうな気がする。
 しかし、地球環境というのは想像以上に激変を繰り返してきたのだなと。酸素濃度も古生代には高かったりするし。破局的噴火なんかも、現在の人類文明は経験していないわけだし。先史時代には、阿蘇山の大噴火で九州の人類が壊滅とかいう惨劇も起きていたようだが。人類文明の1万年ほどの時代というのは、小春日和といっていい気候的にも、地殻変動的にも、安定した時代だったと。
 気候ジャンプという考え方も興味深いな。人類活動で二酸化炭素が放出され続ければ、最終的に一気に環境が変動する可能性があると。
 恒星は成長につれて光を増すので、地球のようなハビタブルゾーンはごく狭いというのも興味深い。人類のような変な生物は他に存在しないのかもな。液体の水が存在し続けるのは、ある程度の質量があってプレートテクトニクスが機能する惑星である必要とか。あと、人類が進出して住むということを考えると、下手に先住生物がいるより、いじりやすい寒冷な惑星の方がいいような気がする。外から二酸化炭素をぶっこめばあったまるよね。


 以下、メモ:

 白亜紀中頃の極地には、永久極冠が存在しないどころか季節的な氷も形成されていなかったようである。つまり、北極や南極に氷がまったくなかったと考えられている。実際、アラスカなどの高緯度地域にも森林が広がっており、恐竜を含む爬虫類が生息していたことが、化石記録によって知られている。
 また、海洋の大部分を占める海洋深層水の温度が、現在は摂氏二度程度なのに対して摂氏一八度もあったことが分かっている。おそらく、海水の蒸発が活発な低緯度海域において、暖かく塩分の濃い海洋深層水が形成されていたのではないか、という可能性が示唆されている。p.34

 白亜紀すごい。

 地球全体の火山活動は、プレートテクトニクスと密接に関係している。そして、火山ガスとしての二酸化炭素の放出は、中央海嶺や沈み込み帯の火山活動によるものである。とくに沈み込み帯においては、前述の通り、炭酸塩鉱物などが熱分解して、ふたたび二酸化炭素となり、火山活動によって大気中に放出される、というリサイクルが生じるため、膨大な量の二酸化炭素を大気中に供給し続けている。しかも、こうした火山活動は、一〇〇万年という時間スケールでみれば、ほぼ連続的に生じているとみなすことができる。このことから、プレートテクトニクスがはたらいていることが、地球環境が長期的に安定に保たれてきた真の理由ではないかと考えられる。p.77

 プレートテクトニクスと地球内部の熱の役割。

 惑星の質量が増えれば、その分、惑星内部からの熱の放出も大きくなるため、海を覆う氷の厚さは薄くなる。一方で、水の存在度が地球と同じならば、惑星の質量が増えるほど惑星表面を多く海は深くなる。この結果、大変面白いことが生じる。
 惑星質量が地球質量の約四倍よりも大きい場合、海は絶対に完全凍結しないのだ。ここで「絶対に」というのは、中心星の明るさや公転軌道にかかわらず、という意味である。つまり、極端な話、その惑星は惑星系から放り出されて星間空間を漂っていたとしても、氷の下には液体の水を保ち続けることができる、ということになる。p.184

 へえ、スーパーアースの類には液体の水がある可能性が高いのか。まあ、人間が乗り込むのは無理そうだけど…