名著とされるのが納得できる本。過去の気候変動について、研究者達の姿と研究史の積み重ねで、研究の現状を提示する。10年以上前の本だから、いろいろと修正はされているだろうけど。
マンハッタンプロジェクトで培われた同位体元素の知見や検出技術が、その後、地球科学の研究の枢要を占めているのが印象深い。「古温度計」といい、年代決定といい、同位体元素のデータなしではなにも分からない状況。一方で、なんか、仮定が入りすぎて、微妙に怪しい感じがするのだが。
あと、13章の「気候変動のからくり」を見るに、まだまだ気候変動の理論モデルが全然できていない感はあるな。北大西洋で沈み込む深層水の供給如何が気候変動を左右するモデルが標準的だが、グリーンランドの氷床コアの変動や各地の変動と突き合わせると、理論とデータに齟齬が出る。あと、過去、どのように気候が動いてきたかは明らかにできるけど、そこから気候変動のモデルを組み立てるにはデータの密度が低すぎるように感じる。
1970年代には、真面目に寒冷化の心配をしている人が居た。スカンジナビアの氷床が消滅した結果、1万年たっても隆起が続いている。中心部は1年に1メートル程度とかすごいな。バルト海南岸は沈降しているのね。温暖化にともなう海面上昇と合わさるとすごくヤバそう。C14放射性炭素の発見者の不遇も印象深い。片やマンハッタン計画での事故死、片やスパイ容疑の冤罪に苦しめられる。その後のC14応用の華々しさとの落差。グリーンランドの氷床内に設置された秘密基地「キャンプ・センチュリー」とそこが氷床コア掘削の先駆者になった皮肉。というか、氷床の中の秘密基地って厨二病的でかっこいいけど、最終的には活動の熱で氷床が急激に流れて放棄というのが。アイスコアの情報も、氷河が流動するものだけに、扱いが難しい、と。
ヤンガー・ドリアスイベントの発見で、気候が数十年で一気に変動することもあり得るという知見が得られたお話。あとは、中世の温暖期と近世の小氷期という安定した気候の中のこまかい変動が人間社会に与える影響の大きさ。
ここ数万年レベルでは、氷期と間氷期という二つの「安定解」の間を行ったり来たりという形で推移してきたわけだけど、現在の人類は、大気中に大量の二酸化炭素を注入するという行為で、間氷期という安定解から、もう一段暑い方向に地球の気候をシフトチェンジしようとしているんだよな。それが、ここ1万年程続いた驚くほど安定した気候とどれくらい違うのか。考えるだに恐ろしい。
1987年にブロッカーが発表した論文の、
過去100年間に人類が放出した温室効果ガスが、地球温暖化を引き起こしていると、われわれが説明できないという事実は、さして重要なことではない。むしろ、赤外線を吸収するガスを大気に加えることにより、われわれの気候に対してロシアン・ルーレットで遊んでいること自体が問題なのだ。(P.343)
という指摘が印象深い。地球環境でロシアン・ルーレットをやってるヤバさ。とはいえ、人類活動が化石燃料でお湯を沸かして、動力源にしている構造自体を変えるのは無理としか言いようがないしな…
文献メモ:
インブリー『氷河時代の謎をとく』岩波書店
ワート『温暖化の〈発見〉とは何か』みすず書房
アレイ『氷に刻まれた地球11万年の記憶:温暖化は氷河期を招く』ソニー・マガジンズ
ストンメル『火山と冷夏の物語』地人書館