須藤斎『海底ごりごり地球史発掘』

海底ごりごり地球史発掘 (PHPサイエンス・ワールド新書)

海底ごりごり地球史発掘 (PHPサイエンス・ワールド新書)

 再読。
 ジョイデス・レゾーリューション号による、IODP Expedition317に参加した著者が、航海の体験をもとに、船上での生活や専門の微化石研究がどういう意義を持つかを紹介する。次々に上がってくるコアから、試料を採取して、微化石を分析する忙しさとか、人間関係とかの苦労。一方で、研究に没頭できる環境は得がたいと。つーか、最近は修士課程でも、乗れるのか。
 この航海では、比較的浅い大陸棚の堆積物を掘削しているのも興味深いな。イメージ的には、深海を掘削するものかと。同じ位置に静止し続ける能力に関しては、ちきゅうより、ジョイデス・レゾリューションの方が優れているのか。
 微化石の種の変化が、堆積物の年代や堆積環境の決定に重要な役割を果たしていることが紹介される。この際の分類は、化石として残った殻などの外形から行われるが、遺伝子分析とどのように整合できるのだろうか。現生種での遺伝子分類では、形態に着目した分類とずいぶん違うパターンになっているそうだけど。→珪藻の分類と系統


 目次は以下の通り。

  • 第1章 海底掘削研究の夢に向かって
  • 第2章 地層――地球史を閉じ込めたタイムカプセル
  • 第3章 海底掘削航海の日々
  • 第4章 目に見えない化石「微化石」
  • 第5章 様々な微化石
  • 第6章 微化石を使って研究する場所を探る
  • 第7章 船上で行われる研究――その他の研究分野
  • 第8章 研究者を支える人たち
  • 第9章 研究の先にあるもの



 第1章は海底掘削の歴史を簡単にまとめている。アメリカ主導で行われてきた、海底掘削研究、それに日本も船と資金を出資して、発言力を強めていると。


 第2、3章は掘削航海の実際。やわらかい堆積物なら、先が尖った筒を突きこむだけで事足りるが、深いところの固まった岩石だと、刃がついたドリルが必要になってくる。大きい礫や液体などは、コアキャッチャーから流れ出て、回収できないことがある。回収したコアから、なにがわかるかなど。
 後は、研究の息抜きに行われるパーティやら、船でのあれやこれや。ロゴマークのコンペとか、趣向をこらすらしい。トイレが詰るってのは、かなり不快だろうなあ…


 4-6章が、著者の専門の微化石に関して。著者は、珪藻の専門家。このときの航海では、浅海で堆積が期待できないため、珪藻研究者は一人で、有孔虫研究者が4人、ナンノプランクトンの研究者が2人体制だったそうだ。
 プランクトンの微化石は、進化が早いので、層序と相対年代の決定に利用しやすい。また、生息していた環境や殻に含まれる酸素や炭素の同位体を利用して、その時代の気温などを明らかにすることができる。
 主要な微化石としては、珪藻、有孔虫、石灰質ナンノプランクトン、放散虫、渦鞭毛藻、珪室鞭毛藻類、貝形虫類などが紹介される。有孔虫は、一つ一つ拾い出すとか、動物と植物の中間的な性質を示す渦鞭毛藻など。
 海底に石灰質の殻の生物化石が堆積するかどうかは、場所によって違う。海水に含まれる二酸化炭素の量、そして、水温が低いほど、溶解されやすい。そして、地域的差異には、アイスランド沖から太平洋へと流れる海水大循環が大きな影響を与えると。冷たい水だから分解を促進するのかと思えば、逆に二酸化炭素の溶存量が少ないから、残りやすくなるのか。


 第7-8章は、他の分野の研究者や船を運航する人々について。
 研究航海を組織するコチーフ、堆積学、古地磁気学、物性物理学、地球化学や微生物学など。掘削のあと、穴にセンサーを下ろして、スキャンしたりもするんだな。
 また、テクニカルスタッフ、コック、ドクター、ケータリングスタッフ、乗船カメラマン、ドリラーといった人々が、研究スタッフを支援して、研究を可能にする。また、学校の先生や博物館の学芸員といったサイエンスコミュニケータを乗せるプログラムもあると。


 最後は、航海の後。掘削ごとに、各分野のデータを突き合せて、レポートを作成。さらに、下船後に、送られてきたサンプルを分析。乗船研究者は、一年間だけ独占期間が与えられる。その間に、論文を作成し、発表しなければならないと。


 以下、メモ:

 一方で、メタンハイドレートが海底地形の大規模な崩壊などにより、燃焼されることなく大気中に放出されると、その中に含まれるメタンガスはCO2以上に温暖化を促進させるため、地球環境に大きな影響を与える可能性があると考えられています。実際に、ODPにより発見された約9000万年前と5500万年前に起きた底生成物の大絶滅の原因は、このメタンハイドレートの解離と大気への放出が原因であると考えられています。p.24-5

 メタンハイドレート怖すぎ。

 海底にはこの他にも様々なものが堆積しています。例えば、氷河の周辺ではIRD(Ice Rafted Debris:海氷起源堆積物、漂流岩屑)と呼ばれる特徴的な堆積物が分布しています。
 (中略)
 流氷が溶けた場所がかなり沖であれば、本来その周辺に堆積しているものはより細かい物質(砂や泥)であるはずです。しかし、海底の堆積物を採取すると、ある場所には突然砂や泥の中に様々な大きさの石ころが入っていたりするのです。そのような大きな石ころはIRDだと考えられます。このような石の分布を調べることによって、当時どのあたりまで流氷が流れていたのかがわかります。さらに、これらの分布の変動を調べれば、過去の地球の気温変動を推測することもできるのです。p.50-1

 へえ。

 ここで、珪藻化石からわかった研究成果を一つ紹介します。現在地球上には南極に巨大な氷床が、北極には海氷が存在しています。これまでの研究で南極に氷床が発達し始めたのは、様々な原因から急激な寒冷化が進んだ約3500万年前であることがわかっていました。一方で最近まで、北極に海氷が存在するようになったのは数百万年前くらいからと考えられていて、なぜ北極と南極で別々の時期に寒冷化が進んだのかわかっていませんでした。
 そこで、北極の寒冷化の歴史を明らかにするため、2004年の夏に世界で初めてとなる北極点近くでの海底掘削航海が実施されました。この掘削航海で、海氷が存在していた根拠となるIRDが約3800万年以降の堆積物から発見されたのです。さらにその後、海氷とくっついて生きていたと考えられる珪藻の化石もみつかりました。つまり、北極と南極は別々に寒冷化していったのではなく、むしろ北極の方がやや早く寒冷化していった可能性が、地質学的・古生物学的証拠から証明されたのです。これらの成果は現在も研究が進んでいますが、示相化石が昔の地球環境の解明に役に立つという良い例ではないでしょうか。p.100-1

 へえ。南極と北極は、ほぼ同時期に寒冷化していったと。