松井章『環境考古学への招待:発掘からわかる食・トイレ・戦争』

環境考古学への招待―発掘からわかる食・トイレ・戦争 (岩波新書)

環境考古学への招待―発掘からわかる食・トイレ・戦争 (岩波新書)

 いまいち、なにが「環境考古学」であるのか、輪郭がわかりにくいところがある。あとがきを読むと、元は新聞の連載だったものを再構成したものだそうで、そのあたりの焦点がはっきりしない感じはそこが原因だろうか。特に後半、トピックがぶつ切りで、少々不思議に思っていた。
 全体的に言えば、人間を含む出土した骨の鑑定、あるいは花粉や寄生虫卵、プラントオパールなどの微小遺物の検出から、人がなにを食べていたか、あるいは他の生物や周辺の環境との関わりを明らかにしようとする学問とでも言えるのだろうか。なんというか、はじめの方などは特に、生物学的な感じだった。
 取り上げられているトピックが多様で面白い。出土した魚骨の分析から、漁法の変遷を推測したり、寄生虫の卵からトイレや屎尿がどのように処理されていたのかの話。明石藩の家老屋敷跡から出土した獣骨などからわかる日本における肉食の歴史。あるいは、犬と日本人のかかわりの歴史。江戸時代あたりまでは犬が食用になっていたこと。逆に中世では半ば野犬状態の犬が遺棄された人間の死体を貪り食っていたなんて話も。もしかして人間の遺体を食べた犬を、今度は人間が食うなんて状況があったのだろうか。
 第4章の歯ブラシの話も興味深い。アメリカで20世紀前半の層から出土する歯ブラシの大半が日本製で、これは骨細工の職人が近代に入ってそのようなものを製作するようになったとか。アメリカでは20世紀の遺構も調査の対象になっているのかと驚く。まあ、アメリカの都市だと歴史がそれほどないからこそ、そんな新しい時代の遺物も扱う気になるのだろうけれど。ただ、比較的新しい時代でも検討すれば興味深い問題がでてくるし、新しい時代でも結構分からなくなっている事が多いという点では、馬鹿にできない教訓だと思う。
 第5章で紹介される戦跡考古学も面白い。カスター将軍の部隊がリトル・ビッグ・ホーンで全滅した事件は有名だが、その古戦場を金属探知機で広範囲に捜査し、戦場に残された銃弾などを発掘・分析し、それを地図にプロット。それによって、カスター軍とインディアン軍の戦闘の経過を再構成することに成功したと言う話。応用範囲が広そう。考古学方面でどのように紹介されていっているかわからないが、西南戦争の研究あたりには応用されているようだ。手元にある『大分県内遺跡発掘調査概報 8』(大分県教育庁埋蔵文化財センター 2005)では大分県内の西南戦争の戦跡の分布調査について掲載されているが、このあたりは影響を感じる。また、戦跡考古学の手法が、今度は現代の虐殺事件の真相究明に応用されていること、その調査現場の状況なども印象的。