タイモン・スクリーチ『江戸の英吉利熱:ロンドン橋とロンドン時計』

江戸の英吉利熱 (講談社選書メチエ)

江戸の英吉利熱 (講談社選書メチエ)

 19世紀前半までの、江戸時代における日本とイギリスの情報の交流を検討した本。なかなか面白いが、相互作用について議論するなら、ヨーロッパ側での日本情報の流通とその意味についての部分が足りないように思う。
 17世紀前半、平戸商館時代の直接交流。贈り物や商品という形で、絵画や織物が交換された時代。直接的交流が絶え、オランダを仲介とした、情報や商品のやり取りの時代。そして、19世紀にはいって、列強の侵略に動きに警戒を強める時代。それぞれに分けて論じられる。
 トピックとして面白いのは、平戸時代のポルノグラフィーの交換。そして、日本の三都を、ヨーロッパに投影して、ロンドン・パリ・アムステルダムを三都とする蘭学者の認識。
 特に前者は、ヨーロッパから持ち込まれた「非常に猥褻に表現されている」ヴィーナスの絵画を「ひれ伏して拝んでいた。聖母マリアと思ったのであろう。非常なる信心深さをあらわにした」というエピソード(p.76)。逆に、同じ時期に、イギリス東インド会社の船長が、春画を持ち帰って、こちらはスキャンダルになって焼かれてしまったという。このあたりの絵画をめぐるギャップ、さらには、17世紀の早い時期から春画・枕絵が流通していたという事実が興味深い。あと、この時期に日本に輸入されたエロティカ絵画が残っていないとのことだが、これは76ページのエピソードに見られるように、宗教的絵画と理解され、キリスト教弾圧の過程で破壊されたのだろう。
 後者は、書物を介した想像のやり取り。江戸時代中期に日本に入ったヨーロッパ人旅行者が、江戸をロンドンになぞらえ、大阪をパリになぞらえているのも興味深い。