黄完晟『日本都市中小工業史』

日本都市中小工業史 (日本資本主義史叢書)

日本都市中小工業史 (日本資本主義史叢書)

 1890年代から1910年代の日本の産業革命期に拡大した都市部の中小工業についての研究書。大阪の輸出雑感産業を素材にしている。日本の資本主義の発展に重要な役割を果たし、輸出に関しては牽引車的な位置にあったにもかかわらず、研究が手薄な状況であることを指摘する。そのうえで、機械などの生産手段、問屋、輸出先の需要の三点を中心に論じている。
 このあたりの中小工業が等閑視されてきたのは、やはりマルクス主義などの発展史観の、近代化のモデルに合致しなかったからだろう。特に、問屋の活動が無視されがちなのは、「前期的資本」「商業資本」といった否定的な視線が否定できないように思う。しかし、問屋を中核にした工業編成こそが、むしろ戦前期の工業の特色であったし、その需要から小規模機械工業が発展していることを考えると、問屋の役割はもっと評価されていいのではないか。
 また、第四章の「大阪の硝子中小工業製品の輸出」は、インド・中国といった輸出先で、日本製品がどう市場に食い込んでいったかを明らかにしている。ここを読むと、日本製品が最初は低価格を武器に食い込んでいったこと、その後現地製品との競合の中で高級品の方向へシフトしていく動向。さらには、問屋を中心とした現地市場の調査の努力や市場の需要に対応した技術開発などの重要性が指摘される。日本の工業化というのも、日本国内だけで完結したものではなく、アジア市場が重要な役割を果たしたということに目を開かされる。


 当面の関心たる自転車産業、特に堺の自転車部品生産に関しては、問屋を中心にした編成、零細業者による生産、輸出志向などの点で、本書で取り上げられた都市雑貨工業と近しい存在と言える。また、原料に関しては、この時期、輸入に頼っていたようだが、その点では本書に取り上げられた洋傘生産はより近い性格を持っていたように思う。
 また、自転車産業に関しても輸出が重要であったこと。その輸出先は時代によって変わっていることを考えると、海外市場の需要に関しても意識する必要がある。


 とりあえず本書を読んでみて、文章が頭に入ってこない感じがあった。ディシプリンの違いのせいか、あるいは、日本語ネイティブではないせいか。なんだろう。
 あと、やはり史料的限界の問題がる。本書では、おもに大阪市あるいは府の統計や工場通覧などの統計と名鑑類を中心に、業界が刊行した史誌類を利用している。しかし、何か隔靴掻痒というか、もう少し何か情報がないのかというか。確かに、それ以上の情報源というのはなかなかないだろうとは思うのだが。この結果、特に問屋の機能・役割については、追求しきれていないように感じる。問屋・工場の具体的業務に関する情報源がないことには、そのあたりがどうしても食い足りない状態にとどまりそうだ。私自身もそういう情報源の欠如に苦しむのだろうな…