池上俊一『シエナ:夢見るゴシック都市』

シエナ―夢見るゴシック都市 (中公新書)

シエナ―夢見るゴシック都市 (中公新書)

 シエナという都市を一つの美術品と見立て、それをさまざまな側面から描いた作品。中公新書内の都市を題材とする書籍は大概は通史スタイルをとるが、本書は異色な構成。また、「夢見るゴシック都市」という副題だけで、すでに読者の関心を引くことに成功していると思う。このような一書を物するとは、シエナはそれだけ魅力的な都市なのだろう。
 第一章が自然的・歴史的環境、第二章が空間、第三章が共同体、第四章芸術、第五章宗教、第六章が娯楽と快楽。それぞれの側面から、シエナという存在とそれを生かしてきた市民たちを描きだす。全体を通してみると、普段は穏やかで合理的な人々だが、内に情熱のマグマをためている人々といった感じだろうか。その情熱のマグマは、あるいは都市を美しくよそおうことにむけられ、あるいは信仰心にむけられ、あるいは芸術にむけられ、ある時は快楽と享楽にむけられる。化粧上手でファッションに関心が強いとか、美食の街という側面もあり、逆に信仰に身も心もささげた人間が現れる。そこがおもしろい。
 シエナという都市は、中世以来の街並みが維持され、また市壁内に田園空間が入り込む独特な都市だと言う。市民の心もちもあろう。だが、中世後期以降、発展しなかったこと、がシエナに独特の美を維持させたのだろうなと思う。中世以来の大都市の大概は、中世には市壁の中に農地を持っていたが、都市拡大の過程で市街化している。また、16世紀あたりと19世紀あたりの都市膨張も経験していないために、都市共同体などが分解せずに維持された。13世紀にはヨーロッパ世界でも有数の商業都市であった都市が、そのまま凍結された。それが、シエナを個性的なものにしているのだろう。

「波」はいつもイルカとともに表わされる。イルカは魚のうちもっとも高貴な種だと考えられ、ギリシャ=ローマでは半神であった。キリスト教的にも、キリストとその復活のシンボルとして、教化文学で利用された。p.108

 シエナの街区の名称とシンボルに動物が多いという話に関連して。欧米人がイルカに異様なまでにこだわるのは、この辺の文化的伝統があるのだろうな。だからこそ、殺して食うというのに、強く反発する。