比佐篤『貨幣が語るローマ帝国史:権力と図像の千年』

 貨幣に刻印された図像の変遷から、ローマの権力のあり方の変化を読み解く。意外と情報豊富というか、権力がメディアとして重視していたのが分かるというか。


 ヨーロッパスタイルのコインの起源は、ギリシア都市国家の支払いの必要のために、考えられたものらしい。ギリシアでは、コインは、都市のアイデンティティを高めるために、それぞれの都市の神話に関わる象徴的なものを刻印したものが多い。


 第2章からは、ローマのコインについて。共和制の時代から、ローマの貨幣は、造幣三人委員会という、比較的下位の公職者が責任を持つ。彼らは、上位の官職獲得のための、選挙用メディアとして、貨幣を利用した。伝統家系が、自己の先祖を顕彰したり、新興家系が由緒を捏造してみたり。しかし、そのような状況は、前一世紀になると、変わっていく。権力の集中が進み、有力者を讃える図像が増えてくるようになる。マリウス、スラ、ポンペイウスといった名だたる有名人の凱旋式などを描いた貨幣が発行されるようになる。さらに、死後、肖像を描く。そして、最後、共和制の形式を維持しつつ、権力の集中を完成した初代皇帝アウグストゥスが登場。公職選挙を、最初に元老院議員や騎士階級による予備選挙を行う形式に変えたため、むしろ、皇帝顕彰の方向性が強くなる。


 第3章は、皇帝の時代の貨幣の図像。元首政から専制への変化、
 後継者が誰かを知らしめるために、貨幣の図像が利用されるのは、ローマ時代を通じて一般的になる。あるいは、親族の顕彰や皇帝の政治的メッセージ、自己の皇帝位の正統性を前任者の顕彰を通じて行うなど。


 第4章は、属州で発行された貨幣から、ローマ帝国の特性を明らかにする。
 極少数の公職者で統治されていたローマ帝国。その秘密は、属州の各都市が、後援者としてのローマの権威に自発的に服従していたこと。帝国の大半が、自分たちのことは自分たちでやっていたから、巨大な官僚組織を必要とせず、帝国が維持できた。けっこう、皇帝への追従が見えるのがおもしろい。
 あとは、地中海西部では、ローマの強い影響を受けて、文化的に同化していく。一方、東地中海では、文化的伝統を根強く維持しつつ、ローマへの傾斜を深めていく状況。しかし、そのような属州都市の貨幣発行は、3世紀あたりになると、ローマ世界の混乱の影響を受けて、発行されなくなっていく。ディオクレティアヌス以降の皇帝は、官僚組織を拡充して、直接的な統治に傾斜していく。


 最後の5章は、キリスト教化の影響。そもそも、人間を神格化する伝統は、アレクサンドロスや歴代ローマ皇帝など、長い伝統が存在。さらに、キリスト教だけではなく、一神教的な普遍信仰がローマ世界に広まっていた状況などを紹介。