- 作者: 皆川典久
- 出版社/メーカー: 洋泉社
- 発売日: 2012/01/31
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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熊本市内では、こういう丘の上に高層建築、谷に低層建築で、地形的なコントラストを増幅するってのは、あまり見かけない。
あんまりこういう、谷地形を注意してみたことないなあと思っていたが、そもそも自転車で行動する限り、こういう谷地形は恐怖の的でしかないんだよなあ。坂を登るのがしんどい。だいたい避けて通るか、谷底のなるべく傾斜のないルートを選択するか。まして、階段とかあったら、どうしようもない。
熊本市内では、藻器堀川の源流部が一級スリバチって感じかね。九州自動車道で谷がふさがれているし。東海高校の野球場から下の住宅地にかけて。
Yahoo地図の地形図で地形を表示してみると、京町台地の北の方は、坪井川、井芹川両方に向けて、おもしろそうな谷があるな。どこも住宅地として開発されているようだが。まあ、私の家から出かけるとなると、立田山が障壁になって、行くのがめんどくさいのだが。
むしろ、田迎あたりの微高地を探すほうがおもしろいかも。傾斜も緩いし…
メモ:
実はかつての神田川は、現在よりも地表に近いところを流れていたのだ。1907年の『風俗画報』に掲載されている「目白台下駒塚橋辺の景」というイラストで見ると、水面が地面に近く、流量も豊富で、これなら堰による取水も現実的なことが分かる。
ではなぜ神田川が「沈んだ」のか。理由は、神田川は洪水対策として低地を蛇行していた川筋を直線化したため、川の自然の摂理として川床が下がったためだ。ちなみに、「沈んだ」という表現は、鈴木理生氏が著書『図説江戸・東京の川と水辺の事典』のなかで使われているものだ。都内ではほかに目黒川、石神井川でも同じ対策が取られ、コンクリート製の河岸段丘の下を沈んだ川が流れている。p.117
単純に川床を掘り下げたのでは。直線化で、浸食作用も強化されるのだろうけど。熊本市内の川でも、旧流路はもっと浅そうな感じなんだよな。坪井川とか、井芹川の旧流路を見ると、現在の川と比べてえらく小さく見える。