井田茂『異形の惑星:系外惑星形成理論から』

異形の惑星―系外惑星形成理論から (NHKブックス)

異形の惑星―系外惑星形成理論から (NHKブックス)

 2003年に、ホット・ジュピターやエキセントリック・プラネットなど系外惑星後の熱狂が一段落した段階でのもの。まだ、スーパーアースなど、地球型惑星の発見が始まる以前の状況。基本的には太陽系の惑星形成理論を応用して、系外惑星の形成も包含する汎惑星形成理論を形成しようとしている。しかし、太陽系の形成も分かっていないこと多いんだな。惑星落下問題とか。
 第一章は概説。太陽系型の惑星系という先入観に惑わされて、ホット・ジュピターという常識はずれな惑星を見つけることができなかったこと。惑星発見の方法として、惑星と恒星相互の重力作用による移動の速度を測るドップラー偏移と、恒星と惑星が重なったトランジット観測による二つの方法があることの紹介。恒星のごく近距離を公転する巨大ガス惑星ホット・ジュピターや楕円軌道を描く巨大ガス惑星エキセントリック・プラネットなど。さらには、赤色矮星中性子星をめぐる惑星。発見されたものが褐色矮星でないかという問題の検討など。
 第二章はプラネット・ハンティングの先駆者たちの紹介。1995年に至るまで、死屍累々で、悲観的になっていた状況で、逆転勝利。太陽系のように、巨大ガス惑星が外側を回っているという先入観が、死命を決したと。戦後の系外惑星探索は、恒星の挙動を精密に測り、その動きから惑星の存在を確認するアストロメトリによって行われた。しかし、大気による揺らぎや観測機器の誤差などによって、ことごとく失敗。ピーター・バンデカンプの惑星発見の発表とその否定。さらに、1980年代からは恒星の光の中の吸収線の偏移を測るドップラー偏移での観測になるが、10年にわたる観測の結果、存在しないというギブアップ宣言を1995年に行う。しかし、褐色矮星の観測を専門にしていたミシェル・マイヨールがホットジュピターを発見することで一発逆転。さらにジェフ・マーシーによる大量発見という歴史がたどられる。
 第三章は太陽系の惑星形成理論を、太陽系向けのチューニングをチェックしながらの解説。分子雲コアから形成される原始惑星系円盤、そこに含まれる塵から微惑星が形成、ここから暴走成長天体として急激に拡大、火星程度の質量の原始惑星が並行的に成長する。ここから氷が凝結する軌道の外側では、それだけ豊富な材料を利用して地球の十倍くらいの質量のコアが形成、原始惑星系円盤のガスを吸収し巨大ガス惑星が形成される。また、それより外の軌道の天王星海王星は、材料が少なく、形成に時間がかかりすぎたために、ガスの流入が少なく、氷惑星にとどまった。一方、内側の地球型惑星に関しては、複数の原始惑星が相互の重力影響で楕円軌道を描き、衝突。10個程度の原始惑星が集積し、地球や金星が形成。そこに入らなかったものが水星や火星になったという。このあたりは、一般書でも解説される話で大体分かっていると思っていたが、まだまだ分かっていないことが多いのだな。原始惑星系円盤のガスによる「重力的摩擦」によって、惑星の公転速度は減速され、恒星に落下する「惑星落下問題」や円盤のガスがどうやって消失したかといった問題は解決されていないそうだ。惑星落下問題は、説明がつかないと、そもそもどの理論も空論になってしまう重大な問題だと思うのだが。
 第四章は、ホット・ジュピターやエキセントリック・プラネットの形成に、既存理論の応用でどの程度せまれるかという話。ホットジュピターの惑星落下モデルやその場形成モデル、スリングショットモデルがあるそうで。ただ、既存の太陽系の理論もそうだけど、どうやって止まったかが提示できないと、なんか空論っぽい。あと、エキセントリック・プラネットの話も興味深い。三つ以上の巨大ガス惑星が存在すると、ある時点から急激に軌道が不安定になって、楕円軌道を描き、一つを系外に放出、残りが太陽近傍と外側で楕円軌道で安定するのだそうだ。太陽系では、不安定になるまでの期間が長く、とりあえず太陽がある間にガスジャイアントが系内を暴れまわるというような事態はないようだが、なかなか怖い。落下モデルのホットジュピターとか、エキセントリックプラネットがある星系では、地球型惑星は生き残れないか、生き残れてもものすごく不安定な軌道になりそう。
 第五章は統一的な惑星系形成理論の試論。惑星系は原始惑星系円盤から形成される、原始惑星は微惑星の集積によって生まれる、巨大ガス惑星はコア集積モデルで形成という三点を基本的な枠組みとし、キーパラメータとして円盤の質量の差が惑星系の違いを生むという議論を提示している。円盤の質量が大きければ、内側の軌道にも巨大ガス惑星が形成され、少なければ小型の惑星しか形成されない。また、軌道半径が数天文単位のところには、地球と同じか数倍程度の惑星と、100倍以上の巨大ガス惑星の中間の大きさの惑星が形成されないという理論的な予測を提示し、これがこの時点の観測結果と一致することを紹介している。
 第六章は、地球のような惑星がどの程度あるかの予測。地球のような惑星は少なくないと主張するが、どうなんだろう。地球でも、スノーボールアース事変のような大変化が二度起きているし、地上に生物が進出したのはつい数億年前。それだけの期間、比較的安定した環境を維持するのは難しそうな気がする。硫化物などで代謝する生物あるいは光合成生物の出現くらいまでは、あちこちの星系でありそうだけど、それ以上の複雑な生物は希少なんじゃなかろうか。さらに、進化のどん詰まりっぽい、地球人型の知性は他になさそうな気がする…
 本書は、出てから何年か位の時期に一度読んでいるはずだが、さっぱり内容を覚えていない。当時はまったく理解できなかったのだろうな。いまでも、理解できているかと言えば怪しいが。分かっていることと、分かっていないことを弁別した解説が非常に好ましい本。続いては、同じ著者のもっと出版時期が新しい本を読む予定。


 以下、メモ:

 実は一九九二年に、プエルトリコのウォルツカンとアメリカのフレイルが、PSR1257+12という名のパルサーに地球質量程度の惑星が二つ、数ヶ月という公転周期で、まわっていることを発見した。一秒に一〇〇〜一〇〇〇回転というようなパルスの微妙なずれを解析して、中性子星がふらついているのを測ったのだ。
 系外の惑星という意味では、ペガサス座51番星の惑星よりも三年早く、これが最初の発見だ。しかし、もともとあった惑星は超新星爆発の際に生き残れるとは考えにくいので、これらは超新星爆発の際にできたもので、これまで人類が探してきた惑星とはまったく別の種類ではないかとされている。ひとつの考え方としては、超新星がもともと連星をなしていて、超新星爆発において、爆風でその連星がはがされていくときにまき散らされたガスの残骸のなかで固体成分があつまってできた、という説がある。これはこれで非常に重要でおもしろい天体だが、太陽系惑星の仲間という意味での系外惑星の人類初の栄誉は、やはりペガサス座51番星の惑星に与えるべきだろう。p54-5

 中性子星にも惑星があるのか。すげーな。どういう環境なんだろうか。

 太陽系が存在しているし、系外惑星の存在確立も低くはない。さらに、太陽系では木星土星は内側に動いた痕跡がまったくない。木星土星のような巨大な惑星が動けば、必ずほかの惑星や小天体群の軌道に影響を与えるはずだが、そういう影響の跡は見当たらない(海王星は外側に七天文単位以上動いた痕跡が、カイパーベルト天体群に残っている)。p.125

 へえ。

 ところで、この古在メカニズムをはじめとして、天文力学の過去の結果が新しい光を放ちはじめている。天体力学はもともと太陽系の惑星や小惑星などの軌道を説明するために、ニュートンの時代以来、長い時間をかけて発展してきた学問で、二〇世紀中盤までには、コンピュータによる数値計算が必要な事柄以外は、ほとんどありとあらゆることが研究しつくされた感のある「伝統芸能的」分野だ。そのため、二〇世紀後半くらいにおいてはある意味成熟しきって終わった学問とみるむきもあったが(そんなことをいうと怒る人もいるとは思うが)、その伝統芸能がすたれる前に系外惑星系が発見された。太陽系という固有の惑星系の惑星や小惑星の軌道進化を記述するためにつくられた理論体系なのだが、コンピュータがない時代に発展したためもあって、手計算のみで答えが出るような一般的な結果が多数得られている。つまり系外惑星の軌道進化の問題にもすぐに適用できるので、二一世紀になって、一九世紀や二〇世紀中盤までの知識が掘り返され、さかんに使われはじめている。とかくコンピュータ計算に頼ってしまう現在の状況からみると、どうしてこんな巧妙な理論を思いついたのだろうとびっくりするものも多い。苦労してコンピュータで計算して出した結果が一〇〇年も前に式ひとつで答えが出ているのをあとで発見することも、ままある。系外惑星という新たな対象を得て、天体力学という理論体系は再び輝き出している。p.154-5

 100年以上前の知識を掘り出してくるって、理系では珍しいんじゃなかろうか。