武田尚子『チョコレートの世界史:近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石』

 近代に入り、南米原産の飲料だったカカオがヨーロッパに導入され、現在のようなチョコレート製品の資本主義的大量生産へと変化していく流れを追った本。前半は近世の展開、後半はKitKatを開発したラウントリー(ロウントリー)社の史料を元に、資本主義的生産の展開を追っている。社会学畑の著者が、なんでこういうテーマの本を書いたのかなと思ったら、このロウントリーの三代目ベンジャミン・シーボームが、社会福祉政策の先駆者で、その調査をイギリスで行ったのがきっかけらしい。
 カカオは油脂成分が多く、飲料としてはくどいものであったこと。逆にそれが栄養飲料としての性格を付与したのだが、飲料としての調整は手間がかかるものになった。すりつぶしたカカオに湯を注ぎ、泡立てて供されるのがもともとのチョコレートだった。19世紀に入り、1828年にオランダのヴァン・ホーテンがカカオマスを圧搾し、油脂分であるカカオバターを搾り出す技術を開発し、近代飲料としてのココアが登場。また、19世紀半ばにカカオマスカカオバターを添加し、さらに練ることで、現在の固形のチョコレートが出現した。これらの、近代のチョコレートの開発に、化学の専門教育を受けた人間が関わっているのも興味深い。


 前半はアメリカ先住民の貴族の飲み物であったカカオ飲料が、アステカ帝国の崩壊後、一般人にも普及したこと。同時に、植民地のスペイン人にも、砂糖を入れたカカオ飲料が普及していく。カリブ海域での流通が、先に存在したというのが興味深い。ヴェネズエラが、カカオの生産地として発展していく状況。16世紀後半以降、スペイン経由で、ヨーロッパに普及していく。しかし、アメリカやアジアに進出したヨーロッパ人が、見慣れない現地の飲み物を、本国に運んで売ろうという気になった理由がよく分からないといえば分からないなあ。味を覚えた人間が本国に持ち込んだのが最初だったのだろうか。
 続いては、ヨーロッパで受け入れられる状況。カカオは最初、滋養強壮の薬として取り入れられていったこと。一方で、当時の医学理論や宗教儀礼の中でどう位置づけるか、議論が交わされたこと。貴族層に受容されフランスを中心にココア飲料用の食器セットが作られ、奢侈の誇示に使われた状況やココア飲料の調製のためにポルトガルでは宮廷ココア担当官なる役職が設置されたことが紹介される。また、カトリック諸国ではカカオ飲料の調製を行う職人がギルドを設置したこと、一方で北西ヨーロッパでは資本主義的な生産に傾斜していき、ココアの発明に結実したという二つの道のりがあったことも指摘する。カカオをメターテという石臼ですりつぶす専門職人の出現というのが興味深いな。


 後半はロウントリー社の史料を利用して、チョコレート生産の近代的展開を追っている。ロウントリーが社会福祉政策の先駆であり、社宅やさまざまな福祉政策などを展開しているが、これは半世紀後の日本企業の会社の福利政策と重なって見えるな。やはり、何らかのモデルというか、影響関係があるのだろうか。そして、戦後、ラウントリー社の福利厚生がどうなったのかも気になる。1988年にネスレに買収されたそうだが、現在はどうなっているのだろうか。
 最初の第4章は、チョコレート産業とクェイカー教徒のネットワーク。食料品販売店から、「エレクト・ココア」というヒット商品を通じて、手工業マニュファクチュア、そして鉄道によって国全域を商圏とする産業資本家への発展。また、クェイカー教徒を中心とする社会改良に対する関心と、その勉強会やシーボーム・ロウントリーによる先駆的な貧困状況の調査などの紹介。
 第5章は、ロウントリー社の福利厚生活動。20世紀に入り、チョコレートの生産販売にともない、郊外に大工場を構えることに。1890年代以降、従業員の急増と離職対策。福利厚生として田園都市による社宅整備や老齢年金の支給など、ワーキングクラスのライフサイクルを通じた貧困対策。さまざまなクラブ活動など。さらに、イギリス流の科学的管理として、「産業心理学」の導入など。今のイギリスは新自由主義経済の本場って感じだが、20世紀の頭には、従業員の経営参加を含む、「みんなのもの」という意識があったんだな。
 第6章、7章は、チョコレートの宣伝から、社会的位置付けの変化や戦後のグローバルマーケットへの展開。ココアが子供や女性と結び付けられ、家族愛を象徴するものと表象されるようになったり、チョコレートの宣伝として上流階級の絵で表現したり。労働者階級の男性のカロリー補給手段として開発されたキットカット第二次世界大戦中に、原料の供給が止まり、青いパッケージで「戦争中なので、平和な時代のような味をお届け出来ません」と書かれた姿の紹介。さらに、戦後の位置づけの変遷として、中産階級向けの宣伝やテレビやラジオの利用の増大。続いて、国際的展開と続いていく。さらに、60年代以降、アメリカの大手食品企業を中心に、ベルギーなどの自営業的チョコレート店を買収、高級ブランドとして展開する動きや大企業の買収合併の動きなど。ロウントリー社も、現在ではネスレに吸収されている。


 チョコレートと国際経済の動向の関係が重視された、なかなかおもしろい本だった。一方で、カカオ・プランテーションでの生産活動には、あまり興味が向いていないというか、情報が多くないといった印象。ロウントリーの手厚い福利厚生も、イギリスが世界経済の「中核」だからこそなされた達成だったんじゃないかなと。
 あと、これは本書へのというよりは、一般的な印象だが、チョコレートに限らず、茶やコーヒーでもそうだが、18世紀があまり情報がないのが気になる。18世紀って、ヨーロッパの人間が外来の飲料に慣れていき、「薬」から「庶民的な飲み物」へと位置づけが変わっていくポイントだと思うのだが。なかなかこのあたりを細かく論じた本ってないような気がする。


 以下、メモ:

 需要の拡大にともなって、カトリック諸国では、カカオ加工を専門とする職人のギルドが結成された。フランスのバイヨンヌでは一七六一年にカカオ加工業者のギルドが結成され、一五〇人前後の職人がいたという。石のメターテを使って、カカオをすりつぶすことを生業にした。カカオ流入量の増加にともなって、職人の世界でも新しい職種が生まれ、十八世紀に新しいギルドが誕生したのである。p56-7

 18世紀にいたっても、新ギルド結成とか行われていたんだな。

 ちなみに、イギリスでは十九世紀後半に砂糖の消費量が急増した。関税引き下げによる砂糖価格の下落が、消費量を拡大させた。砂糖価格は、一八四〇〜五〇年に三〇%下落、一八五〇〜七〇年に二五%下落した。十九世紀前半の年間消費量は三億ポンド(重量)程度だったが、価格の下落にともなって、一八五二年には一〇億ポンドに達した。一人当たりの年間消費量は、一八三二〜五四年の間に五ポンド伸びて、五〇ポンド(約二三キログラム)程度になった。十九世紀末にほぼ倍増して、九〇ポンド程度に達した。砂糖消費量のこのような急速な拡大は、他のヨーロッパ諸国には見られないもので、イギリス社会の特徴である。イギリス人は、十九世紀後半に急速に「甘いもの好き」の国民になっていった。
 とくに、砂糖の摂取量が増えたのは労働者階級である。産業の近代化により、工場労働者が増えた。労働者階級はカロリー摂取量の五分の一を砂糖から摂るようになったという。砂糖および加工食品は、十九世紀後半にイギリスの労働者階級の生活に欠かせないものになっていった。
 砂糖は紅茶など飲料に入れて直接に摂取されるほか、砂糖を使った加工食品が急速に浸透した。その代表例はジャムである。穀物価格が下がり、小麦を適正な価格で入手することが可能になった。パンにジャムを塗って食べる習慣が労働者階級に広まった。ジャム、プティング、ビスケット、焼き菓子、キャンディなど、紅茶と一緒に甘い食品を摂ることが増えた。p.89-90

 なんか、これって食文化の崩壊といわないか…
 摂取カロリーの20%が砂糖って、体によくなさそうだが。まあ、体の動かし方も違うだろうし、現代日本人の感覚でものを言うのはよくないだろうけど。あと、他の国々での食文化の変遷も気になるな。
 現在の日本の一人当たりの砂糖消費量は18キロだから、19世紀末のイギリスって倍消費していることになるんだよなあ。まあ、日本人は世界でも砂糖を消費しないほうの国らしいけど。かつてはもっと摂取したらしいけど。