日本魚類学界自然保護委員会編『見えない脅威“国内外来魚”:どう守る地域の生物多様性』

見えない脅威“国内外来魚”: どう守る地域の生物多様性 (叢書・イクチオロギア)

見えない脅威“国内外来魚”: どう守る地域の生物多様性 (叢書・イクチオロギア)

 うーん、難しい。外来種問題はともかくとして、地域個体群の交雑問題に関しては、いったん混ざってしまえば、旧状の回復は難しいだろうしな。その場合、「純系」の保護・保存にどこまで有効性があるか。サンクチュアリに囲い込んで保護するのはいいとして、それがどこまで生物の「多様性」に貢献することになるのだろうか。新たな個体の流入を防止するのは当然として。絶滅危惧種を人間の飼育下で維持することそのものは、必要なことだと思うけど。
 国内外来種の拡散に関しては、漁協に対する増殖義務があり、それを満たすための放流が原因であったこと。冷水病の拡散以前は、種苗として大量の鮎が琵琶湖から導入され、それに付随する形で、琵琶湖産の淡水魚が全国に拡散したこと。あるいは、鯉や鮒の種苗にまぎれて、地域を超えた淡水魚の移動が起こったことが指摘される。淡水魚の水域を越えた移植はなるべく避けるように、このあたりの法律を変える必要がありそう。
 また、美観や「自然保護」のためと称した鯉の放流された結果、生態的なニッチが奪われて在来の淡水魚が激減する。あるいは絶滅危惧種であるからと飼育品種のメダカが放流された結果、地域個体群の遺伝子が汚染される。「善意」の放流が、逆に生態系の破壊につながる問題も紹介される。
 全体として、どういったらいいのかという感じ。水系を越えた生物の移動を、なるべく抑える必要があるのは確かだが。


 全体の構成は四部に分けられ、第一部、総説。第二部が国内外来魚の拡散に伴う地域での種の構成の変化や同一種内での遺伝子的な変化についての現状レポート。第三部は、保全のためのツールや観賞魚の売買の問題、法令など。第四部は保全放流の実践レポート。
 第二部に関しては、鯉が水質に与える影響の実験が印象的。水底で餌を漁るため、泥を巻き上げ、また水草にダメージを与える結果、濁った水草の少ない状況に変えてしまうと。あとは、不稔の交雑種を介したシナイモツゴからモツゴへの種の入れ替わりも興味深い。あと、飼育種のヒメダカが、愛知県の弥富からの種苗供給に頼り、遺伝子の幅が極めて少ない話とか。
 第三部は、ちょっと雑多だが、保全に関連するいろいろ。滋賀県イワナで交雑していない個体群の探索と保護のための枠組みをどうするか。GISを使った国内外来種の分布予測ツールの話。香川県の近辺を中心とした、海産物の放流が、遺伝子をかなり汚染している状況。移動性の少ない地魚では、けっこう大きな問題だろうな。貝では、在来ハマグリの増殖事業を台湾で行って遺伝子汚染を引き起こした東京湾に台湾ハマグリ 「江戸前」復活のはずが…混入か:朝日新聞デジタルなんて事例もあるが。観賞魚として流通している淡水魚の状況。法的枠組みが機動力を欠き、有効でないことなど。
 第四部は、保全放流の事例として奈良公園のニッポンバラタナゴ、中部地方ウシモツゴの再導入の事例が紹介。遺伝子汚染を避けるために、慎重を期すのは分かるが、ここまでやると先行きがなさ過ぎるような。ニッポンバラタナゴとその生殖を支える生物だけを導入したため池というのも、不自然ではないだろうか。あと、ウシモツゴの溜め池単位で遺伝子組成が異なるって、どういう過程をへて、ごく狭い範囲で隔離されるような状況になったのだろうか。溜め池ができる前は、どういう環境に住んでいたのか。


 以下、メモ:

 絶滅危惧種は生息地の数が限られており、各生息地における個体数も少ないことから、他地域産個体の導入がおよぼす影響は大きく、その地域のすべての個体群が遺伝的に撹乱されてしまう事態が生じやすい。国内外来個体の導入初期に対策をとれればよいが、万一すべての個体が他地域産と交雑もしくは置き換わってしまった場合に、それらを排除すべきか、あるいは在来個体群は絶滅したと認定したうえで外来個体群を容認すべきか。また、容認するとしても「絶滅危惧種」として外来個体群を保護すべきかどうか。明確な答えはなく、保全のうえで大きな問題となるため、希少魚の保全の現場における国内外来個体群の導入を未然に防ぐことは重要な課題である。p.120

 このあたりは、もうある程度ガイドラインを提示しておくべきなんじゃなかろうか。ケースバイケースではあるだろうけど。

 保全対象となる地域集団は、魚種ごとにいわゆる「進化的重要単位」(Evolutionary Significant Unit=ESU)を明らかにし、それを保全すべき単位の地理的枠組みであると考えて対応することが望ましい。各魚種についての地域的な遺伝情報は、たとえば「淡水魚遺伝的多様性データベースGEDIMAP」に蓄積されつつあり(Watanabe et al.,2010)、こうした知見をもとに地理的範囲と遺伝的類似性を基準とした進化的重要単位が、具体的な保全単位としてその定義が進むことに期待したい。こうした保全単位には、適切な命名が必要なことは言うまでもない。保全すべき対象を規則化された命名によって明示的に特定することが、行政的な対応を促し、一般の人々の認識・理解を深めていくために、研究者側が貢献できる不可欠な役割だからである。p.192