高木徹『大仏破壊:ビンラディン、9・11へのプレリュード』

大仏破壊―ビンラディン、9・11へのプレリュード (文春文庫)

大仏破壊―ビンラディン、9・11へのプレリュード (文春文庫)

大仏破壊 バーミアン遺跡はなぜ破壊されたか

大仏破壊 バーミアン遺跡はなぜ破壊されたか

 タリバンが出現し、バーミヤンの大仏を爆破し国際的に孤立していく過程を描くノンフィクション。
 カンダハルで起こった小規模な治安回復運動が、急激に拡大、カブールを制圧しパシュトゥン人地域を統一。しかし、寄せ集めのタリバンは、本気で交戦する少数民族の軍隊との戦争で苦戦する。そのなかで、ビンラディンアルカイダは資金や兵力、装備、戦術知識などを供給し、タリバンにとって不可欠の存在になっていく。また、タリバンの思想が、「イスラム教の教えのもとで、アフガニスタンに平和と秩序を回復する」という、イスラム主義と治安回復運動の両方を含むもので、時間が経つほどイスラム主義とアフガニスタン国家の建設という二つの目的が乖離していった姿が、勧善懲悪省と外国との交流を持った「開明派」の対立、そしてカブール博物館の仏像破壊や大仏の爆破へと流れで描かれる。
 タリバンの指導者オマルの人となりも興味深い。教育レベルが低く、世界的な視野や宗教的知識はさほどでもない。しかし、一つの組織を率いる程度には、統率力と判断力は持っていた人物。しかし、宗教的知識の低さが災いし、教育レベルで圧倒的に勝るビンラディンのコントロール下に入っていくことになる。ほとんど表に出ず、直接あったことのある人物は少ないが、その証言が前半と後半で変わっていくのがなんとも。ある意味では、器でない王様が、自滅したって話でもあるな。
 90年代後半に、「アラブ兵」が選抜して1万人程度動員できたアルカイダの実力や素人の抗争における軍事知識や4WD車の威力の大きさも印象的。
 しかし、本書を読むと、なんというかイスラム原理主義との対話不可能性を痛感するな。そして、イスラム法というものがある限り、エスカレートする危険性は高いと。で、民主主義的な選挙を経れば、イスラム主義的な政権が確実に出現する。イスラム世界において、安定的かつイスラム色の強くない政権を形成することはほとんど不可能なんじゃなかろうか。トルコにしても、徐々に妙な方向にいきつつあるしな。非イスラム国家は権威主義的国家としか、うまくやっていけないのだろうか。
 あと、アルカイダ陰謀論が日本あたりでも流布している陰謀論と同じようなユダヤの陰謀になっているのが興味深い。


 2000年代の前半にアハメド・ラシッド『タリバンイスラム原理主義の戦士たち』、マイケル・グリフィン『誰がタリバンを育てたか』を読んだが、いまでもこれらが基本文献のようだな。最近の本としては『アフガン諜報戦争』、『タリバンの復活』あたりが適当か。


 以下、メモ:

 それがどのような形で行われたのか、資料は少ない。おそらくアメリカにはあるだろう。グアンタナモには、その席に同席したり、会見をアレンジしたタリバンアルカイダの幹部もいるはずだからだ。しかし、誰を逮捕し、どこに拘束しているのか、その詳細をアメリカは明らかにしていない。
 田中浩一郎は、
アメリカには、ひとこと言いたい。アフガンを攻撃したとき、アメリカはタリバンアルカイダが残した貴重な資料を根こそぎ持ち去っていった。その多くが公開されていない。逮捕者の証言も同じで、内容の明らかになっていないことが多すぎる。情報を公開し、世界中の研究者とも共有して、タリバン時代のアフガニスタンで何が起きていたのかを解明し、歴史の教訓とすべきなのに、その環境が全く整っていない」p.77

 情報機関の情報抱え込みの弊害。『トップシークレット・アメリカ』で、機密情報への指定のやりすぎで、911テロ直前にビンラディンを知る人が少なくなっていったという話があるが、同じような感じだよなあ。

 この砲撃につづいてもうひつの破壊が起きた。しばらくして、同じ小さいほうの大仏の、今度は頭の部分に爆薬がしかけられ、遠隔操作で爆破されて後頭部が大きく壊れてしまったのである。この破壊方法は、とりあえず砲撃をあびせてみた、というものとはその性質が違っている。
 これはアラブ兵、つまりアルカイダが深く関与した可能性もある。
 ジャマル・イスマイルはこう述べている。
アルカイダは、銃撃・砲撃に加え、爆発物をとりあつかう訓練もうけていました。一方タリバンは、そういった技術は全くもっていませんでした」p.97

 爆破って、けっこう高等技術なのな。

 田中浩一郎の当時のメモには、カブールの街なかに急に増え始めたアラビア語の看板についての記述がある。<アラブ諸国からのイスラムNGOの事務所が目に見えて増えていった>
 それらは、医療活動や、食糧援助をする福祉団体だった。
「国連スタッフや、欧米の人道支援NGOには、タリバンから有形無形の圧力がかけられ、出て行かざるを得なくなりました。入れ替わりにイスラム系のNGOがどっと入ってきたのです」
 と田中は言う。
 9・11のあと、そうしたアラブ系NGOは、アルカイダと結びついている、として一掃させら。兵士や軍資金だけでなく、アフガニスタンの社会を底辺から支える意思と資力までもが、ビンラディンとその仲間たちにはあったのである。p.262

 この「アラブ系NGO」がどこまでアルカイダと結びついていたんだろうな。あと、アルカイダの組織の広さってのが感じられるな。

田中 そうですね。それくらいの規模かはわかりませんが、いわゆるアラブ人や、中央アジアに人々が相当数パキスタン流入していると聞きます。そして、いくつかの国の情報筋からの話では、ここ二年くらい、湾岸諸国から彼らにわたるお金がまた増えてきているらしい。そのお金が、アルカイダタリバンの最近の攻勢を下支えしているというんです。
高木 アメリカは9・11以降、外国から彼らへの金銭的な支援をやっきになって止めにかかったと思うんですが、それはもうほとぼりが冷めてしまったと。
田中 ハワラと呼ばれる民間のアンダーグラウンド送金システムを一気に取り締まりにかかったのは確かです。それがまだ生き残っているのか、あるいはその網をすり抜ける新たな送金システムができあがっているのか、それは私も正直なんとも言えません。お金の流れが杖ている、という情報がどこまで実態をともなっているかも、なかなか検証が難しいんですが、現実にタリバンらの攻撃活動がレベルアップしていて、使用する兵器も高性能化している。さらに、かつてのアフガニスタンでは見られなかった自爆テロが横行している。こうした傍証からして、国外、あるいは南アジア地域外からの影響と支援がレベルアップしている、と思わざるをえません。p.382-3

 結局、サウジを中心とする湾岸諸国がスポンサーなのか。最大の矛盾は、サウジが原理主義の金主でありながら、同時にアメリカの同盟者であるってことなんだよな。