渡辺佑基『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』

ペンギンが教えてくれた 物理のはなし (河出ブックス)

ペンギンが教えてくれた 物理のはなし (河出ブックス)

 計測装置を動物たちに取り付けて、その生態を明らかにする、バイオロギングの手法で何がわかるかを紹介した本。さまざまな生物の動きを計って、脊椎動物一般の運動の原理を抽出しているのが興味深い。動物の代謝エネルギーが体重の3/4乗に比例して上昇していくというのが、さまざまな運動の鍵になっている。水中では、速力の向上に有利であり、空中では逆に不利になると。
 構成としては、第一章が生物の渡り行動、第二章が遊泳速度、第三章がバイオロギングの歴史、第四章は潜水深度、第五章が飛行について。それぞれ、前半がさまざまな動物のデータを集めて、一般的なパターンの抽出、後半は自身の体験談が語られる。
 第一章は、鳥を中心とした渡り行動。ハイイロミズナギドリがニュージーランド近海から、南米の沖、日本近海、アリューシャン列島付近と、太平洋全域を8の字型に回遊すること。南半球と北半球を往復することによって、一年間夏の状況を利用できること。また、このような長距離の回遊を可能にするため、風をうまく利用していることが紹介される。アホウドリも、長距離を移動し、個体によっては地球を一周して元の場所に戻ってくるものもいるという。一方、水中の動物は、水の抵抗によって、スピードが出せないためここまでダイナミックな移動は不可能だが、ザトウクジラは南半球全体を季節移動することが明らかにされている。また、季節移動に限らなければ、クロマグロホホジロザメも、太平洋を股に掛けた大規模な移動を行う。また、小型化の問題から、小さな鳥のバイオロギングが難しいとも。
 第二章は遊泳速度。体の大きさをの影響を除いた速度では、マグロやホホジロザメが魚類の最上位に来る。平均巡航速度は7キロ程度。この速度を発揮するために、マグロやホホジロザメは、筋肉の発熱を体内に保持する恒温性を持っているため、活発に筋肉を動かすことができるためだそうな。また、生物の代謝エネルギーが3/4乗に比例して増加するのに対し、表面積は体重の2/3乗に比例して増加するので、体が大きくなるほど水の抵抗に対して、代謝エネルギーに余裕が出てくるという。一方、一番遅いのはニシオンデンザメで、時速一キロ程度。冷たい海で、尾びれを7秒に一回程度しか往復させないという。また、鳥類、クジラ類、魚類を、体重の影響を除いて比較すると、エンペラーペンギンが一番早いことになるそうだ。個人的には瞬間最大速度も気になるな。
 第三章はバイオロギングの歴史。最初に計測器を動物に取り付けたショランダーから始まって、潜水生理学の関心からアザラシに深度計を取り付けたジェラルド・クーイマン、生態学の関心から同じように計測を始めたローリー・ウィルソン、日本でアザラシの生態を明らかにするため精密な計測装置を作り、さらにデジタル化の道を切り開いた内藤靖彦の紹介。さらに、バイオロギングの難問として、取り付けた個体を再捕獲して、計測機器を回収することの難しさ。
 第四章は潜水。深くまで潜れる生物としてはマッコウクジラが最強と。そしてそれを破るかもしれないアカボウクジラ類。しかし、今のところ遭遇して計器を取り付けることが難しいため、記録が取れていないと。長時間の潜水では、アカウミガメの10時間というのが最高と。変温動物で燃費が良い、さらに冬の餌の少ない時期にじっと動かないため、この記録が出たと。このような深い潜水を可能にするため、海生の哺乳類やペンギンなどは、血液にヘモグロビンを多くもち、筋肉も酸素を多く蓄えられるように進化しているため、大量の酸素を保持できる。さらに、心拍数を減らし、末梢部への血液供給を抑え、中枢部へ優先的に配分する「潜水徐脈」、末梢部を減らした遊泳に適した形態への変化で酸素を残らず使い切る機構。さらに、燃費が一番良くなる最適速度の選択といった3種類の適応を行っているという。淡水で浮力の効かない環境にいるバイカルアザラシが、脂肪を浮力材として使うため、丸々と太っているという話も興味深い。
 最後は飛行。滑空するタイプの鳥が、既存の航空工学を利用できるのに対し、羽ばたきはまったく違う原理で飛行していること。前縁渦という特殊な渦を作り出して、それによって揚力を得ているという。グンカンドリが上昇気流をうまく利用していること。大きな翼で遅く飛べることが、生物にとっては旋回やえさ探しなどで有利だと。インドガンは、酸素を体内に大量に蓄えることができる生理的適応、空気密度の高い夜中にヒマラヤを越える、最適な速度で一気に上昇し、下りは休むという行動などで、ヒマラヤ越えを成し遂げている。ハチドリのホバリングは、体重の軽さ、高付加の運動を可能にする体格に対して大きな心臓や筋肉、高カロリーの食事である花の蜜の利用などによって可能になっているなどなど。飛行に関しては、体重に比例してエネルギーが必要になるため、水中とは逆に、大きくなればなるほど不利になるというのも興味深い。
 平易な語り口で、生物の生理と生態、バイオロギングの手法が学べる本であった。


 以下、メモ:

 それにそれこそがバイオロギングの得意技でもある。バイオロギングのメリットはなにより、姿かたちも生理生態もバラバラな動物たちに共通の記録計を取り付けて、行動を定量化できることにある。本来ひとつのまな板にのるはずのない多様な動物たちを、ひとつのまな板にのせることができる。p.79

 生物の比較が得意と。

 マンボウから記録された加速度のパターンは、私がかつて見たことのある他の動物のパターンと酷似していた。といっても近縁のフグやカワハギではない。分類群も姿かたちも生理生態もまったく違うのに、でもなぜか加速度のパターンが似ていたのは、南極のペンギンである。
 マンボウの遊泳メカニズムは、意外なことにペンギンのそれと同じであった。
 つまりこういうことである。今、ペンギンが泳いでるところを真正面から見ているとしよう。ペンギンは左右の細長いフリッパーをぱたぱたと上下に振っている。そのぱたぱたの動きをキープしたまま、ペンギンの体を九〇度ぐるりと横に倒すと、ほらマンボウになった。マンボウの体の上下に突き出た背びれと尻びれは、ペンギンの左右のフリッパーと同じく一対の水中翼として機能してた。
 面白いことに。マンボウの背びれと尻びれはmペンギンの左右のフリッパーと違って解剖学的に別の器官である。つまりマンボウ古今東西あらゆる生物の中で唯一、本来対ではない二つの器官を一対の翼として進化させていた。あのとぼけた姿かたちにはそんな意味が隠されていたのである。p.94-5

 続いての、浮き袋の変わりにゼラチン質の皮下組織を浮力調整に利用しているってのも含めて、おもしろい生き物だこと。

 むしろまだ謎が多いのは、より小規模の移動と、それを突き動かすモチベーションや環境との相互作用である。たとえばペンギンでいうならば、ヒナのいる巣から海に出て、エサをとって数日後に帰ってくるまでのせいぜい一〇キロの旅路。この旅の途中でペンギンはどのような環境(ローカルな気候、氷の張り出し状況、エサの分布など)に遭遇し。どのように対応したのかは、いまだに調べるのが難しい。p.143

 中規模な動きが捉えにくいと。

 ただし機器の小型化は今も着実に進行しているから、ハチドリの超高速の羽ばたきを加速度センサーで記録し、花から花へ蜜を探して移動する経路をGPSセンサーで記録できる日もそう遠くはない――あ、この考え方が特殊化しすぎている? p.210

 移動だけなら、電波を反射しやすいものくっつけて、レーダーで追っかけるとか…