今年印象に残った本2014(一般部門)

 年末のまとめ。今年読書ノートに記載したのは、346冊。うち、200冊強がラノベ・マンガで、一般の本が少し大目。秋以降、新書を集中攻撃したせいもありそうだが。毎年そうだが、今年はわりと豊作で、どれを選ぶかかなり悩んだ。
 以下、ランキング:

  • 10位 生方幸夫『解体屋の戦後史:繁栄は破壊の上にあり』

 タイトルの通り、解体屋から見た戦後史。製造業にさかんに投資が行われ、製造設備がどんどんとスクラップアンドビルドされていった時代。それも、時代ごとに元気な産業が異なると。あるいは、朝鮮戦争で余剰になった戦車の鉄材が、東京タワーの非構造部分に材料になっているとか。静脈産業から見るってのは、趣があるな。

 近代史関連だと、どれにしようか迷ったが、これに。
 戦争が、いかに食糧供給を麻痺させるか。あるいは、婦人雑誌が、「子供に手間をかける」といったイデオロギーを刷り込んでいったのか。
 掲載されるレシピから、戦況が進むごとに、配給される食材の質が低下していったことがうかがえる。そもそも、真珠湾攻撃前から、食糧供給はかなり悲惨なことになっていたような。最後は、およそ食い物とは思えないものが、「代用食」になる。あと、嗜好品をいかに代用するかの涙ぐましい努力とか。

  • 8位 新見志郎『巨砲艦:世界各国の戦艦にあらざるもの』

巨砲艦―世界各国の戦艦にあらざるもの (光人社NF文庫)

巨砲艦―世界各国の戦艦にあらざるもの (光人社NF文庫)

 軍事関係からはこれ。モニター艦を中心に、航洋性はないが、巨大な主砲を備え、地域防衛に任じた艦艇の系譜をたどった本。19世紀から20世紀初頭の艦船に関する有名サイトの管理人の著作。こういう、変な船大好き。
 モニター艦などは、航洋戦艦に優越する火力と装甲を備え、イギリス海軍などの外洋海軍にとって脅威であった。しかし、魚雷の発展や速射砲の発展は、一点豪華主義のこの種の巨砲艦の居場所をなくす。最後は、第一次、第二次世界大戦で、イギリスが建造した対地攻撃専用のモニター艦で、この系譜を閉じるという流れ。

  • 7位 巽好幸『地震と噴火は必ず起こる:大変動列島に住むということ』

地震と噴火は必ず起こる―大変動列島に住むということ (新潮選書)

地震と噴火は必ず起こる―大変動列島に住むということ (新潮選書)

 地学生物学系の本は、バイオロギング関連を含め、おもしろい本にいくつかであった。本当は、ここでも何冊か入れたかったのだが、本書のみがランクイン。御嶽山の噴火を受けて読んだという、タイミングも含めての印象。
 基本的には火山の専門家による、火山の本。地震もそうだけど、地学の研究って、すごく進んでいるんだな。90年代の高校教科書レベルの知識だと、まったくイメージが変わってくるというか。

織田信長 <天下人>の実像 (講談社現代新書)

織田信長 <天下人>の実像 (講談社現代新書)

 中近世史代表はこれ。年末に新書の信長本を何冊か読んだが、これが最初に読んで、かつ一番印象的だった。次点の『信長の城』とどっちにしようか迷ったけど。
 信長と朝廷の関係を検討した本。なんというか、意外に鷹揚な信長像。あと、信長の統治イデオロギーとしての「天下静謐」と、その天下の範囲。「天下」というのが、関西を中心とした割合狭い範囲であり、その秩序であるということ。信長が「全国制覇」を目指しているように見えるのは、「天下静謐」に従わない周囲の戦国大名と戦争を繰り返した、結果に過ぎないと。信長政権はいろいろと過渡的な性格が強い。「天下静謐」は、秀吉の時代に、「惣無事」という形で受け継がれるが、信長は朝廷の権威を直接利用しようとするところまで、発想が飛躍しなかった。

  • 5位 宇江敏勝『熊野川:伐り・筏師・船師・材木商』

熊野川―伐り・筏師・船師・材木商 (宇江敏勝の本・第2期)

熊野川―伐り・筏師・船師・材木商 (宇江敏勝の本・第2期)

 こういう、昔の林業ネタは、基本おもしろい。
 副題の通り、伐採、筏師、団平船の船頭、新宮の材木商からの聞き書きをまとめた本。人力で、木材を輸送していた時代の最後あたり。河川交通が重要だった最後の時代といった感じか。
 一番の関門は、重量のある木材をどうやって運び出すか。これは、現在の林業も一緒の問題なんだろうけど。
 あと、戦前には、プロペラで推進する「モーター」と呼ばれる船が、河川交通を担っていたというのも、おもしろい。

  • 4位 竹国友康『ハモの旅、メンタイの夢:日韓さかな交流史』

ハモの旅、メンタイの夢――日韓さかな交流史

ハモの旅、メンタイの夢――日韓さかな交流史

 日韓の海産物流通の姿。ハモやヒラメが輸入され、ヌタウナギやホヤなどが輸出される。このような現状の背景には、日本の植民地支配と日本漁民の入植という動きがあったこと。戦前には、鮮魚輸送の船が大阪に送られていたという。
 あるいは、釜山に避難してきた国内難民とヌタウナギ料理の関係やミョンテ(スケトウダラ)研究とコロニアリズムなど。

  • 3位 デイナ・プリースト、ウィリアム・アーキン『トップシークレット・アメリカ:最高機密に覆われる国家』

トップ・シークレット・アメリカ: 最高機密に覆われる国家

トップ・シークレット・アメリカ: 最高機密に覆われる国家

 911テロとその後の対テロ戦争によって、急激に肥大化したインテリジェンス・コミュニティ。機密の名のもとに、野放図に拡大し、しかもとんでもないレベルで業務が重複している姿。そして、拡大しながら、機密の網の目と人材供給の限界によって、効率が低下していく状況。なんというか、絶望というか、諜報機関って、実は結構使えないんだなというか。
 肥大化した情報機関が、使えない情報を大量に生産して、結局上層部の意思決定に寄与していない問題。さらには、情報収集の対象を広げ。国民をすべて監視下に置こうとするような欲望。
 「機密」が自己増殖していく恐怖としか言いようがない姿。そして、それが国を食いつぶしていく現状を描く。

  • 2位 田原光泰『「春の小川」はなぜ消えたか:渋谷川にみる都市河川の歴史』

春の小川はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史 (フィールド・スタディ文庫6)

春の小川はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史 (フィールド・スタディ文庫6)

 今年前半に何冊か読んだ東京の地理本の中で、これが一番の出来だった。
 現在残る暗渠が、単純な河跡ではなく、谷戸の水田から宅地化による付け替え、さらに下水と見なされていく、複雑な歴史的変遷を経ていることを明らかにした労作。渋谷川流域の小河川の開発とそれにともなう変化を、地図や都市計画関係の史料から解明している。
 方法論が参考になりそう。

海賊ユートピア: 背教者と難民の17世紀マグリブ海洋世界

海賊ユートピア: 背教者と難民の17世紀マグリブ海洋世界

 今年一番印象に残った本というと、コレ。マグリブ海賊、おもすれー
 メジャーなカリブの海賊ではなく、マグリグ海賊。しかも、アルジェやトリポリではなく、モロッコの「海賊都市」サレーを扱っている。この地は、海賊たちの自治共和国であり、地中海沿岸の海賊都市とは、微妙に性格を異にしている。また、海賊には、ヨーロッパ出身者が数多く含まれていて、彼らは、公的な海員の世界の差別から逃れて、海賊の世界に身を投じたという。
 ヨーロッパの周縁的世界が垣間見える。論調がアナーキズムなのが気になるが、だからこその味とも言えそう。






 以下、次点:
平岡昭利編『水車と風土』asin:4772240284
角幡唯介『空白の五マイル:チベット、世界最大のツァンポー峡谷に挑む』asin:408781470X
今和泉隆行『みんなの空想地図』asin:4560083274
アレッサンドロ・バルベーロ『近世ヨーロッパ軍事史ルネサンスからナポレオンまで』asin:484601293X
井田茂『異形の惑星:系外惑星形成理論から』asin:4140019662
D.G.ハスケル『ミクロの森:1?の原生林が語る生命・進化・地球』asin:4806714593
酒井紀美『戦乱の中の情報伝達:使者がつなぐ中世京都と在地』asin:4642057722
千田嘉博『信長の城』asin:4004314062
佐藤克文『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ:ハイテク海洋動物学への招待』asin:4334034160
長谷川亮一『地図から消えた島々:幻の日本領と南洋探検家たち』asin:4642057226