小川裕夫『鉄道王たちの近現代史』

鉄道王たちの近現代史 (イースト新書)

鉄道王たちの近現代史 (イースト新書)

 人名を中心とした、テーマ別鉄道通史って感じかな。「鉄道王たちの」と銘打っているわりには、鉄道王に対する掘りこみが足りない感じも。まあ、鉄道業界に関わった多くの人々が登場して、楽しく読める本ではある。やはり、小林一三五島慶太堤康次郎あたりが、出現頻度が高い感じか。
 8章で構成され、第一章が鉄道網の形成、第二章が電力と鉄道、第三章が郊外住宅地と鉄道、第四章が鉄道と百貨店、第五章が鉄道と観光地開発、第六章が地域開発、第七章が鉄道とテーマパーク、第八章が旅行関連ビジネスとの関連となっている。
 しかし、本当に小林一三の存在って大きいんだな。郊外住宅地の開発、大学の誘致、中心部の駅にデパート、郊外観光地の建設、劇団と鉄道。郊外私鉄のビジネスモデルは、完全に彼の枠から出ていない感じ。三越からデパート運営のノウハウを移入しつつ、客層を変えて、既存店との共存。さらに、そのノウハウを他の鉄道会社にも惜しみなく公開しているってのがすごいな。まあ、関西の鉄道会社にどこまで協力したかは知らないが。「鉄道王」という中では、不動産がメインだった堤康二郎が、ちょっと毛並みが違う感じかね。
 日本の「鉄道の父」と言われる井上勝にも、紙幅が割かれているけど、彼がこだわった鉄道の国家運営ってのは、鉄道網の形成を遅らせた側面があるんじゃないかなあ。民間資本を活用していれば、もっと早く、密度の高い鉄道網が建設できていたのではないだろうか。一応、見た目、国内資本で鉄道網は整備されているけど、外資はどの程度入っていたのか。入っていなかったとしたら、導入していたら、どの程度結果が違っていたのかも気になるところ。
 鉄道と観光地の話も興味深い。成田山や箱根・伊豆など、有力観光地の旅客の奪い合いで、何度も○○戦争と言われる対決が起きているのだな。鉄道と寺社参詣の相補的発達は平山昇『鉄道が変えた寺社参詣』が詳しいが、参考文献には上がっていなかったような。近鉄による志摩の観光地としての開発、そして知多半島の観光地としての開発はバブル崩壊で失敗したという栄枯盛衰も印象的。
 あるいは、二章の鉄道会社と電気のところもおもしろい。電気の需要創出のための電車、その逆に電鉄会社が自前の発電施設で作った電力を沿線にも供給する。鉄道と電力の密接な関係。戦時体制の下で、発電事業を取り上げられた鉄道会社、特に京王あたりは苦境にたったとか。