『日の丸の翼:日本陸海軍の航空軍備』

日の丸の翼 (歴史群像シリーズ)

日の丸の翼 (歴史群像シリーズ)

 『歴史群像』の連載をまとめたもの。日本陸海軍の航空戦ドクトリンや、航空機開発の行政的な側面、軍事的な必要性、技術開発の様相といった、様々な要素が言及され、それぞれの機種がその形になっていった経緯がわかる。海軍が、軍縮条約を背景にした劣勢を補ってアメリカ主力艦隊を撃破するための戦力として、航続距離を重視した航空機を開発。一方で、陸軍は、シベリアでのソ連航空戦力の対する航空撃滅戦を想定して、速力と防御に振った航空機を開発。防弾装備を欠いて大損害をうけた海軍の陸攻より、陸軍の爆撃機のほうが速度・防御力に優れ、実用的だったというのが興味深い。
 いろいろと、へえっと感心するような記述が多い。


 全体は四部構成。
 第一部は「艦隊決戦と航空撃滅戦」ということで、陸海軍の制空戦闘機と爆撃機攻撃機。一回目が九六式陸攻という、比較的地味な飛行機を突っ込んできたのがおもしろい。 ノモンハンの航空戦で、先進国との航空戦は消耗戦であることを学んだ陸軍は、戦訓を取り入れ、隼や九七式重爆、一〇〇式重爆には防弾タンクを装備し、海軍の陸攻とは一線を画することになった。片や、海軍では、九六式陸攻日中戦争で大きな損害を被ったにもかかわらず、一式陸攻にも防弾装備が施されなかった。しかも、用兵側が防弾装備の充実を叫び続けたにも関わらず、技術者側が拒否し続けたという、通説とは因果が逆転した状況が紹介される。一式陸攻の航続距離を実現するには、結局、それだけ無理をする必要があったということでもあるのだろうけど。
 ソロモン諸島の長距離空戦が、零戦の性能向上を妨げたという側面も。52型の短縮翼は、もう少し早く出ても良かったが、ガダルカナルまでの長距離作戦で、航続距離が重視されたため、遅らされた。
 画期的高性能艦爆として、ドイツからの技術導入と長い研究機関を経て開発された彗星。それに対し、ストップギャップを埋めるために、保守的かつ絶対失敗しないように開発された九九式艦爆。天山とアウトレンジ戦法の夢。最終的に、陸上爆撃機として大量生産された彗星など、艦上機の話も興味深い。


 第二部は、「防空任務の担い手」ということで、局地戦闘機や双発戦闘機、大戦後期の戦闘機など。
 動力銃座を乗っけて、不具合に苦しんだ月光。デファイアントと同じような欠陥に苦しんだわけか。あとは、フロートをつけて性能が低下する水上戦闘機の役割。劣速の二式水戦でも、戦闘機が来ないところでは、迎撃機として防空の穴を埋めることができた。夜間戦闘機と似たような話だな。
 あとは、飛行性能に難ありの鍾馗雷電が、どうして実用化されたか。スピットファイアに対抗できる高速戦闘機として期待された鍾馗B-29が作戦する高度まで十分な火力を持ってあがることができた雷電。同様に、対戦闘機ではぱっとしない飛燕が重用された理由も、その重火力にあったと。
 長距離戦闘機として開発された屠龍が、大戦中期以降の戦闘機には対抗できなかったとはいえ、爆撃機の迎撃に活躍し、戦闘機としてのスピードから大戦後半には爆撃機として生還が期待できる戦闘機となったと。スピードに優れていることってのは、本当に重要なんだな。
 あとは、五式戦が計画的に準備されたものだったとか、紫電改が他のライバルを押しのけて最末期の主力戦闘機となった話。


 本編最後は「地上部隊と艦隊への協力」ということで、陸戦を支援する直協機や艦隊の目となる水上機、そして二式大艇を取り上げている。
 師団が軍の直接指揮下に入り、偵察、観測、爆撃などを行なう九八式直協機や九九式軍偵。爆弾の搭載能力が少ないように見えるが、それでも重砲に匹敵するような弾量で、必要な時に素早く支援してくれるのは便利だったと。しかし、中国大陸などのスケールで準備されたこの種の航空機は、大戦後期、多数の戦闘機が横行する島嶼の戦闘には、役に立たなかったと。
 水上機は二機種。零式観測機と水上偵察機。前者は、主力艦用の観測機として計画されたが、複座戦闘機計画出身の軽快さから、万能機として重宝された。一方、後者は優先順位の低い雑用機的な位置づけだったが、それだけに過大な要求がなかったこと。そして、昭和12年時点で最新の大出力エンジンを採用したことで、速度などで十分な性能と信頼性を持ち、索敵や各種任務の重宝されたという。
 最後は、二式大艇。雷撃飛行艇として計画されたが、運動性などで初期の性能が得られず、その任務は断念された。しかし、速度が高く、武装と防御力に優れた機体だったため、他航空機の誘導や制海権・制空権を失った大戦末期の孤立した島嶼への連絡任務など厳しい任務にも耐えることができた。


 ラストは、Extra Chapterとして、様々な解説。軍用機開発のサイクルや、陸海軍航空機の系譜。エンジンの系譜や搭載爆弾の図解など。
 日本戦闘機と英米独戦闘機の火力比較が興味深い。日本やドイツのような20ミリ機関砲の搭載と、イギリスの機関銃の多量装備の優劣を弾量の側面から考察している。大口径機関砲は、重量の割りに弾量を稼ぎやすいと。さらに、主翼の容積を燃料タンクに割きやすくなる。10秒間の弾量で比較しているが、実際に攻撃する時の弾量や弾薬搭載量、弾道特性も絡んでくるんだろうけど。
 最後の、日本軍機の航続力が長かった理由もおもしろい。日本軍機は巡航速度の時に一番燃費がいいように設計され、全開運転では他国のエンジンに比べて燃費がかなり悪かった。最初から、全開で行動した場合には、メッサーシュミットBf-109よりも航続力が短くなったという。また、爆撃機に関しては、日本機の爆弾搭載量の少なさが問題になるが、日本機が想定するような距離での、爆弾搭載量は英米機も大して変わらなかったという。