大石泰史編『今川氏研究の最前線:ここまでわかった「東海の大大名」の実像』

今川氏研究の最前線 (歴史新書y)

今川氏研究の最前線 (歴史新書y)

 大河ドラマにあわせて企画された本なのかな。
 今川氏とか、有名な戦国大名でも、研究にはかなり穴があるのか。かつては、社会経済史の立場から、検地研究が盛んに行われた。それに比較すると、「戦国大名」としての研究は空白が大きい、と。近年になって、当主の動向や国衆などの研究が進みつつあるし、史料の刊行も進んでいる、と。領国の政治構造や今川氏の一門との力関係は、研究途上。


 今川氏を扱うとなれば、やはり滅亡の引き金となった桶狭間の戦いと、その前提となった今川氏の三河進出の背景に、かなりのページが割かれている。一方で、今川一門の話や京都で外交を担った僧形の人々、文学活動など。守護から戦国大名へと、長い伝統を持つだけに、室町将軍や京都との関係もかなり深い。
 今川一門には、各地に独立的な立場を保持していた家門がかなりあって、15世紀前半の駿河今川氏の家督争いなどでは、それぞれの立場で容喙していたこと。一方で、戦国期になると、駿河今川氏の覇権が確立し、今川一門に「今川」の名乗りをできなくしていく。「天下一名字」は、実力で成し遂げられたものである、と。
 当主の側近が、京都での公家や将軍との折衝や情報収集を行い、文化的にも成果を残していた姿。一方で、属人的で、代替わりで構造が変わる様子など。
 中世の短歌のあり方も興味深いな。共通理解の下で、技巧を競うってあり方は、その共通理解を理解できない門外漢に対するハードルをとてつもなく高くしている感じがある。お約束にがんじがらめの中で、いかに自分の感興を表現するのかが腕の見せ所か。


 戦国大名の領国維持は、傘下に入れた国衆の存立の保証が必須であった。そのため、境界領域の安定が、それぞれの戦国大名にとっての最重要課題であった。境界領域の個々の国衆と近隣領域の政治的対立を解決するために、無限に領域を拡大していく必要があるし、近隣勢力との競合に敗れると、領国の解体に直結する。大友や武田が、似たような事例なのかな。
 遠江の国衆の安定を確保するには、西三河の安定が必要。そして、新たに傘下に入った西三河を安定させるには、東三河の国衆を何とかする必要がある。で、ここまでくると、尾張の勢力との緊張関係が出てくる。「国家」の静謐の維持のためには、無限に拡大するしかないマシーン。
 さらに、北の東美濃あたりの国衆、そこを軸に武田氏の西部国境安定策としての織田との同盟なんてのも、問題になってくる。


 義元戦死後の、三河情勢の不安定化が、今度は、武田氏の西部国境領域の安全保障に悪影響を及ぼすようになり、最終的に武田氏の駿河侵攻を招くことになる。
 甲駿相三国同盟を結んでも、その向うの上杉なんかの有力勢力との対峙が課題になるし、どこも、両面作戦が課題になるわけか。


 木下論文の義元「三河守」任官の真相を探る論文も興味深い。地方に行って、世話になった現地の武将のために、勝手に官途の申請を行うことがあるのか。そうやって贈られた官途は、政治的なメリットがあれば名乗るし、そういうメリットがなければそのまま放置される。なんか、ドライな関係というか、是々非々感がおもしろいなあ。大金をつぎ込んで位階や官職を得ようとする動きと、全く逆なのが。