金田章裕『日本歴史私の最新講義:江戸・明治の古地図からみた町と村』

江戸・明治の古地図からみた町と村 (日本歴史私の最新講義)

江戸・明治の古地図からみた町と村 (日本歴史私の最新講義)

 近世から近代初期にかけての村に蓄積された地図類から、どのような情報が引き出せるかの紹介を中心に、近世の地図類を概観する。
 関西をフィールドとする方らしく、大阪府藤井寺市周辺、滋賀県彦根市域、京都府宇治市内などが主な素材となっている。それぞれ、近世の村図類や近代に入ってからの地籍簿が多数残っていて、豊かな成果を生み出しているが、これだけ揃った土地、他にあるのだろうか。熊本平野で、地籍図を使った成果とか、見かけないけど。そもそも、村方文書類もどの程度あるのだろうか。


 村絵図類を利用して、地域の細かい分析を見せる5~7章がメイン。
 第5章は、現藤井寺市の村々の村絵図から、細かい観察を行っている。古墳が多いところだけど、古墳の周壕を水源として利用したり、集落がそばに出来ていたり、なかなかおもしろい。地籍図から、古墳の形が認識できる。また、大和川の付け替えに伴って、村域が分断されてしまった小山村などの影響。用水系統の改変や対岸に飛び地が出来てしまうなど。集落の変遷や道路の描写と現実の比較からの当時の人々の空間認識。あるいは、用水路の取水やため池の利用を巡る争論などで利用されたとおぼしき絵図類。ここらの地域の用水、特に、王水用水に関しては、渡辺尚志『百姓たちの水資源戦争』なんて本が出ているし、かなり有名な史料なのかな。
 第6章は、現彦根市域に属す犬上郡に残る地籍図関係の地図類から、制度改変に伴う図面の様式の変化を紹介する。明治20年代に制度が固まるまでに、何度も関連の絵図が作成され、それなりに違う描き方になっている。描き方に見る空間認識なども興味深い。彦根市域は、地籍図が豊富に残っているが、熊本平野だと、そもそも、明治の地籍図へのアクセス方法から分からないな。
 第7章は、大縮尺の絵図や地図類からの過去の復元の方法について紹介する。地籍図の土地の境目の状況や分筆状況から過去の状況を復元する。宇治郷総絵図の検討から、それが既存の字図を元に編集し、現地調査を行っていないために、ゆがみや道路のズレが存在する。あるいは、当時の字は再編されて、半分程度になっているが、その再編成は基本的には字切図の領域を基準にしたらしいことなどを読み取っている。しかし、宇治の市街って、近世を通じて縮小し続けたのか。ラストは、琵琶湖南岸、犬上郡、愛知郡、神埼郡の条里プランの復元。


 他に、国絵図の編纂過程と村表現の正確性の問題、城下町絵図の用途や空間認識に関わる問題、刊行都市地図として京都・江戸・大坂地図の紹介。災害が描かれた古地図として村絵図の水害痕跡表現や災害に際して広く流通した絵図類の存在など。
 熊本城下町の空間認識の話が興味深い。白川坪井川間の市街中心部の道路を、南北道路と認識して作られた地図が複数存在する。そういえば、私自身も、普段の行動においては、便宜的に上通・駕町通りを南北方向と認識して行動しているなあ。実測でない地図では、そういうことが起きうる。
 しかし、商人地の中心だった古町近辺を、「寺町」と表現されると違和感あるなあ。街区の中心部に寺を廃した商人地を、どう表現するかという問題に突き当たるが。
 村絵図の水害後の描写も興味深い。堤が敗れたところは抉られて、周囲に土砂が堆積する。堤防を復旧するときには、洗掘されたところをがっつりと埋めるか、諦めて、半円形の堤を作ることになる。前近代だと、復旧作業も容易じゃないのだな。


 あえて言うなら、もう少し図版の地図類の解像度が欲しかったなあと言うところ。
 あと、借りた本で時間が無いから。さらっと流したけど、地理院地図をメインに、現在の住所の範囲が分かるマピオンの地図、あと、現状の道路を確認できるグーグルマップをとっかえひっかえしたいところ。ちょっと市街から外れると、ヤフー地図は役立たずだからなあ。


 文献メモ:
織田武雄『地図の歴史』講談社、1973
川村博忠『国絵図』吉川弘文館、1990
木村東一郎『村図の歴史地理学』日本学術通信社、1979
金田章裕『古代荘園図と景観』東京大学出版会、1998
金田章裕・上杉和央『日本地図史』吉川弘文館、2012
矢守一彦『都市図の歴史:日本編』講談社、1974
矢守一彦『都市図の歴史:世界編』講談社、1975
川村博忠『江戸幕府撰国絵図の研究』古今書院1984
金田章裕『条里と村落の歴史地理学研究』大明堂、1985
金田章裕『古代日本の景観』吉川弘文館、1993
国絵図研究会編『国絵図の世界』柏書房。2005
金田章裕「地割の起源」佐原真他編『古代史の論点1:環境と食料生産』小学館、2000
桑原公徳『地籍図』学生社、1976
佐藤甚次郎『明治期作製の地籍図』古今書院、1986
足利健亮『中近世都市の歴史地理』地人書房、1984
矢守一彦『都市プランの研究』大明堂、1970
京都大学大学院文学研究科地理学教室・京都大学総合博物館編『地図出版の四百年』ナカニシヤ出版、2007
金田章裕『古地図で見る京都』平凡社、2016
津川正幸「近世灌漑水利に関する研究」『関西大学経済論集』6-3,1956
金田章裕「地籍図の利用」『地理』25-4、1980
金田章裕「宇治郷総絵図をめぐって:小字地名と条里地割の表現を中心に」『創立二〇周年記念論集 文学部編』追手門学院大学、1987
金田章裕『大地へのまなざし:歴史地理学の散歩道』思文閣出版、2008
金田章裕「土地の記憶」『図書』751、2011
金田章裕「古地図と災害」『遺跡学研究』9、2012