熊本博物館企画展「1991『雲仙普賢岳大噴火災害』を振り返る IN 熊本博物館」

 1991年の雲仙普賢岳噴火による災害を、島原のがまだすドームの収蔵品によって振り返る展示。対岸の熊本からすると、43人の死者・行方不明者を出し、熊本にも降灰した91/6/3の火砕流の印象がものすごく強いけど、地元からすると、実は噴出物が引き起こした土石流のほうが、長期的な生活へのダメージ大きかったのだなあ。
 水無川流域の土石流の暴れっぷりを見ると、扇状地ってのは、あんな感じで暴れたおしてできるのだなあという印象が。自然状態では、後で削られるのだろうけど、2-3メートルくらい地盤が高くなっちゃうんだな。あと、島原市の降灰は、近いだけに、厳しかったのだな。
 1991年から1996年にかけて、9432回の火砕流流下というのも恐ろしい。1993年6月23日にも、火砕流による死者が出ているのか。


 パネルでは、火道掘削の話が興味深い。1991年噴火の成分に近い溶岩が採取されていると同時に、過去の噴火時に溶岩の通り道となったとおぼしき火道が検出されて、火道域を構成しているという。
 あとは、地下水で冷やされて、火道は現在200℃程度と、思ったより冷やされているという。つまり、次の噴火は、別の道を通って出てくるわけか。


 火砕流で焼損した品物が印象に残る。特に最初の机、どうして、こういう焼けかたをしているのだろうか。不思議な感じが。ビールケースとか、雨樋とか、言われても、元の姿と結びつかない…