南郷往還跡解説板

 石ではないけど、一応、この種のも収録する方向で。
 かつての南郷往還跡について解説する、菊陽町教育委員会が設置した表示板。昨年設置されたばかりのもののようだ。
 もう少し正面から取れば良かった。道が狭いわりに、交通量が多くて、どうしてもなあ。





          菊陽町指定文化財
            南郷往還跡
         (昭和54年2月23日指定)
      ――――菊陽町大字津辛川――――


 肥後の国府「飯田府」は9世紀から14世紀末まで、古町村(元
、熊本市古町)にあり、政治・経済・文化の中心となっていま
した。この肥後国府と阿蘇南郷戸を結ぶ道路が南郷往還で、
熊本市の長六橋を起点として、大江、保田窪、長嶺を経てこの
道明に至り、西原村万徳、俵山を越えて阿蘇南郷谷、さらには、
色見(阿蘇郡高森町)を経て、豊後竹田(大分県南西部)へ通
じていました。
 道明から高遊原台地に至る旧坂には石畳が敷かれていまし
たが、現在は約180メートルが残るのみです。
 南郷往還跡の入り口にある追分石(道標)には、「左おふつ、右
まんとく」と文字が刻まれており、その後ろには、享保11年(17
26)建立の石地蔵が道行く人の安全を見守り続けています。


             菊陽町教育委員会