鶴岡真弓『ケルト美術への招待』

ケルト美術への招待 (ちくま新書)

ケルト美術への招待 (ちくま新書)

 大学時代に買って、そのまま本棚の肥やしになっていた本。仕事の都合で、というか雨が降ってバスで変える日だけ読んだせいで、途中に間があいて、前半は忘れかぶっている。
 買った当時は、なんでこんなに時代がぶつ切りなんだろうと思っていたが、「美術史」の観点から「古典主義」の具象主義・均衡と異なる、装飾的・抽象的美術の伝統を語るには、それでも構わないのだろう。そのあたりのディシプリンをある程度理解した上で読めば、明快で分かりやすいと思う。変転する装飾の世界とケルト神話の転生のつながりなどは納得できる。
 ところで、本書の問題は、紹介されている文献が日本で翻訳・出版されているかどうか分かりづらいこと。P-M.デュヴァル『ガリアの神々』、J・ドゥ・ブリエ『ケルト人の宗教』、A・ロス『異教のケルト人』、ギンブタス『古ヨーロッパの神々』など魅力的な書名が並んでいるが、ちょっと検索をかけた限りでは、見つからないし。とりあえず、トンヌラほか『ゲルマン・ケルトの神話』は日本語訳があるので、ちょっとチェックしてみよう。
 以下、メモ。ニーチェの文の引用をさらに孫引き。

 宗教的想像力は、神と像の同一性を信じようとしない。およそヌメン(神聖性)は、何か秘められた仕方においてのみ、神像のうちに活動するもの、且つ、場所に封じ込められたものとして出現するものである。繰り返して言おう。最古の神像は、神を宿しながら、同時に神を隠すものであって、決して神を見せ物にするものではない、と。……不完全なもの、暗示的なもの、過剰のもの、まさしく非人間的なもののうちにこそ、身の毛もよだつような神聖性が存在しているのである。
p.113

クトゥルー神話の世界と相通じるような。そういう感覚を暗示できたからこそ、あの世界は評価されたのだろう。