青木直己『幕末単身赴任:下級武士の食日記』

幕末単身赴任 下級武士の食日記 (生活人新書)

幕末単身赴任 下級武士の食日記 (生活人新書)

 紀州藩の下級武士酒井伴四郎が、参勤交代にしたがって江戸藩邸で勤務した期間に残した日記から、食生活を中心にまとめた本。伴四郎やその叔父の石高は20-30石くらいだったそうだから、庶民的な食生活といっていいのだろうな。
 『武士の家計簿』の成功で企画が通りやすくなったのか、こういう下級武士層の日記のダイジェストが新書でちょこちょこと見られるようになった気がする。『武士の家計簿asin:4106100053『下級武士の米日記』asin:4582855911と読んで、本書にたどりついた。都合三冊ほどそれぞれ日常生活を知ることができる家計簿や日記といった史料を利用して、どのような生活をしていたかを活写している。それぞれ、所属している藩や役職に違いがあり、受ける印象に相当な差があるのがおもしろい。特に、本書を読んで印象的なのは、主人公たる酒井伴四郎とその周辺の人物が、ものすごく暇なこと。月の半分、それも数時間程度の勤務で、大半が自由時間という。『武士の家計簿』が加賀藩の算用者、『下級武士の米日記』の二人がが桑名藩の蔵米の出入と柏崎陣屋の地方の実務を務めていて多忙であるのに対し、本書では中屋敷勤務の膳奉行各衣紋方の補佐か見習いみたいな役どころだからか非常にのんびりした勤務ぶり。上屋敷の小姓や行財政の実務を担う役職なんかだと一日忙しかっただろうし、逆に軍事組織の番方に属している武士なんかだともっと暇だったのではなかろうか。
 あとは、意外と豊かな食生活をしているのも印象的。出かけては買い食いをしているし、割と頻繁に寿司やソバなどの「江戸のファーストフード」を食べている。魚もちょこちょこ食べているようだ。本書の主人公伴四郎が料理好きで、工夫を怠らないというのもあるのだろうけど、大竹道茂『江戸東京野菜:物語篇』asin:4540091085で描かれる殿様の食生活、

 一汁ニ菜のうちの一菜は煮物で、エノキ茸とサトイモを煮たものなどの野菜の煮物がほとんどで、もう一菜は揚げ豆腐、煎り豆腐、湯豆腐など、何日かに1回、イシガレイの焼き物などが出てきますが、魚はめったに出てきません。夜食はおかずが一菜です。幸弘公の日常の食事は毎日、野菜を中心とした一菜かニ菜のおかずに、ご飯、汁、漬物という組み合わせが続いています。

 記録に記されている9カ月間の日常の食材を集計したところ、特徴的なことは魚介類が少ないことですが「平かつを」というものはよく出てきます。p.133-4

あたりより、よっぽど豊かな食生活を送っているように見える。ただ、ここではダイジェストでおもしろそうな記事を抜粋しているようだから、毎日の食生活を集計して比較したら、印象が変わるかもしれない。本書でも、焼豆腐をよく食べていると書いているし。
 あと、読後にふと思ったのだが、この伴四郎やその叔父たちは、明治維新のあとどのような仕事をしたのだろうか。十年もしないうちにやってくる明治維新後は衣紋道という服をめぐる決まり事・有職故実に関する知識は、洋装化の流れの中で、意味を失っていくだろうし。時代の変化にどのように対応したのか。