窪田順生『スピンドクター:“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』

スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術 (講談社+α新書)

スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術 (講談社+α新書)

 マスコミの生態というか、特定の情報を公表するかしないかがどのように決まるのか、あるいは印象の操作の仕方などが紹介される。公表される前に公表してダメージを弱めるとか、包み隠さず全部受け入れられてしまうと追求のパワーが下がるとか。あと、『赤旗』で最初に公表されると、後追い取材をしないと言うのも興味深いな。なんというか、自分たちで情報のレベルを判定しきれていないんじゃねって感じで。新たなネットにおける情報操作など。
 官僚が仕掛ける情報操作として、安倍元首相の隠し子疑惑とか、省内の主導権争いの道具としてマスコミを利用したスキャンダルが仕掛けられる。あるいはJCOの事故とスピン。特に最後のJCOのくだりは、福島第一の事故の後ではなおさら興味深く感じる。
 それと第五章の選挙をめぐるスピン。大阪市長選では、なりふり構わずスキャンダル暴露なんかが行われたが結局流れは変わらなかったり、石原都知事があれだけスキャンダルまみれにもかかわらず選挙に勝ち続けるあたり、スキャンダルを利用したスピンの効果が限定的なんだなと思わされる。本書でも、選挙中のスキャンダルを利用したスピンは嫌われるとあるし。
 あと、本書で語られる自主規制の生態が興味深い。出版社や通信社を維持していく上での損得からさまざまな記事を載せるか載せないかの判断が行われる。お得意様への配慮や取引など。記者クラブの談合体制など。芸能界の業界秩序というか、圧力システムがすごい。確かに、さまざまなメディアを維持する以上、そのような判断は必要だろう。ただ、マスコミやジャーナリズムが保護されるのは、一方で社会に必要な情報を提供する責任があるということを忘れていはいないだろうか。芸能界はともかくとして、公人に対する監視は必要なのではないだろか。特に安倍元首相の暴力団との関係や隠し子疑惑などは、彼が「道徳」や「家族」を称揚する「保守政治家」であることを考えると、決定的に重要なことだと思うのだが。ま、もう本当に日本のマスコミはダメなんだなということがよく分かる。


以下、メモ:

「パパラッチ」して音事協に謝罪
 こんな話をすると、疑問に思う方がいるのではないだろうか。アメリカの芸能メディアには、ハリウッドスターやセレブの日常を追い掛け回す「パパラッチ」というフリーカメラマンが数多に存在する。たしかに、彼らは大きなスクープショットを撮れば、一枚だけでも巨額のギャラを受けとる。マイケル・ジャクソンをはじめ有名スターの暴露本も、すでに出版されている。とてもじゃないが、彼らには「誰が得をするのか」なんて尻込みをするような弱気さは感じられないではないかと。
 たしかにそのとおりだが、日本の芸能メディアニはある意味で、「記者クラブ」よりも厳格なルールがあって、海外のようなパパラッチ行為は許されない。もし、そんなことをしようものなら、すぐに厳しくお灸をすえられる。本当かと疑う方もいるかもしれないが、すえられた本人が言っているのだから、これほど確かなことはない。
 ある時、私は成人向けの月刊誌、つまりは「エロ本」というジャンルをリニューアルせよと会社から命じられたことがあった。ご存じの方もいるかもしれないが、成人向け雑誌はコンビニエンスストアに並ぶ際に青少年たちが立ち読みをできないよう、小口テープというもので開けないように封じられている。
 ヌードグラビア以外で、テープで封じられた雑誌で勝負するとしたら、中身の過激さしかない。アイドルの舞台挨拶やイベントでのパンチラやら、脚線美を盗撮するというのは、今や『フライデー』や『フラッシュ』という大手の写真週刊誌でもやっている。そこで考えたのが、海外の「パパラッチ路線」である。別にスキャンダルなど一切関係なく、アイドルや女子アナの私生活、オフにアポなしで直撃して、スッピン顔などを写真におさめるのだ。
 そんなことを始めた矢先、人気アイドルSの東京駅で移動中のオフショットを執拗にパパラッチした。過密スケジュールで疲れていたのか、テレビでは見られない気の抜けた「素」の表情をおさめることに成功し、面白い写真だということで、めでたく掲載という運びとなった。すると、後日Sが所属する某大手事務所の役員が会社にのり込んできた。私の知人である他社の編集者を介して、「編集長と会いたい」とやってきたのだ。
 役員氏は名刺交換も早々に抗議を開始。静かだが怒りに満ちた口調で、厳しいお叱りを受けた。
「あんたさあ、舐めてるでしょ? ほかの媒体さんはみんなルールを守って取材しているのに、どうしてこういうふざけたことをするんだよ? 正直な話、こういう低俗なことをする雑誌は、音事協でもかなり問題視しているよ。どうなの、こういう路線を今後も続けるの?」
 音事協とは、日本音楽事業者協会。この名前を出されてしまうと、芸能メディアは例に漏れず震え上がる。芸能事務所、レコード会社などからなる業界団体なのだが、テレビ局をはじめ芸能メディアにも圧倒的な影響力をもっている。芸能界では、音事協に睨まれたら生きていくことは不可能とさえ言われ、いつの間にか芸能界から消えていくタレントもいると聞く。
「いや、ちょうど、もうこういうムチャな路線は止めようと思っていたんですよ。本当にご迷惑おかけしました……」
 私は平身低頭、役員氏に謝罪した。こんな事で意地を張っていたら、私の雑誌だけではなく、他の雑誌にも迷惑がかかる。
 「記者クラブ」の外でも、日本のメディアは厳しいルールに縛られている。この国でパパラッチたちのようなアウトロー(無法者)が育たない理由がおわかりいただけただろうか。


北野誠は潰された」の真相
 ただ、ここで誤解して欲しくないのは、このようなケースは非常に稀なことであって、世の中で、「事務所からの圧力」と言われているもののほとんどが、実はメディア側の「自主規制」や「配慮」だということだ。p.54-7

 ここに日本のメディアの腐りっぷりが濃縮して現れているな。直接圧力をかけなくても、実力で暗黙の業界ルールを維持しているなら、それは圧力だよね。著者の感覚が鈍っているのか、それとも業界への配慮か。

メディアをつかって情報収集
 「特捜部が堀江を狙っている。どんな些細なことでもいい、女ネタでもクスリや酒の話でもいい。堀江の情報があったらくれないか」
 そんな相談を某全国紙社会部記者からされたので、当時六本木ヒルズで夜毎おこなわれていた、IT社長らのパーティによく顔を出していた女性を紹介した。堀江氏も出席した“合コン”にも顔を出したことがある女性だ。私のようなアンダーグラウンドなメディア関係者にすらお声がかかったぐらいなので、このようなやりとりが東京中のメディアを通じておこなわれていたはずだ。
 なぜ記者が東京地検の“御用聞き”のようなことをするのか不思議に思うだろうが、これも彼らの重要な取材なのだ。記者が欲しいのは、「ライブドア堀江逮捕」というスクープ。それをもぎとるために、検察に情報を差し出して、なんとか取り入りたいというわけだ。
 そこをよく心得ているので、検察側も気心の知れたマスコミに「おまえのとこだけだぞ」と断ってこう囁くのである。
「いい土産(情報)をもってきてくれたら、こちらもいい話をしてやろう」
 基本的に情報の世界は「ギブ・アンド・テイク」である。表向きの情報は記者クラブという「談合組織」ですべて横並び。そこからひとつ飛び出るためには、このギブ・アンド・テイクでいかに役人と信頼関係を築けるかがポイントとなってくる。
 堀江氏が逮捕されたのは、それから1年後である。特捜部は狙っていた。警視庁も狙っていた。つまり、「逮捕されるのは規定路線。あとはなんの容疑か」という問題だけだったのだ。
 結局、堀江氏には「風説の流布」と「有価証券報告書の虚偽記載」という、なんともすっきりしない罪で懲役2年6ヵ月という実刑判決がくだされた(現在は控訴中)。別に私は堀江氏をかばうつもりはさらさらないが、ワケのわからない容疑で逮捕され、まるで大犯罪者のようにマスコミから取り上げられたというのは、それまでの持ち上げっぷりからして、ちょっと異常と言わざるをえない。p.119-120

 本気で国策捜査だったんだなあ。それにそのまま乗るマスコミも全然ダメだな。こうしたことを繰り返したあげくに、証拠捏造で信頼を根底から失ってしまったわけだが。
 あげくにリークだよりで、独自取材能力を失って、オリンパス事件なんかまるっきり対応できていないわけで。もうつぶれろよレベルだな。