出仲間神社の石造物

 旧浜線の田迎四丁目交差点から、少し西に行ったところにある神社。このあたりに旧集落があったと。集落そのものも、中世以来のもののようだな。結構石造物が豊富。元は仏寺の一部だったようで、板碑や無縫塔の類が残されている。文字は摩耗して読めず。



鳥居

 鳥居には、日露戦争への従軍紀念という文字が彫ってある。この時代の中尉さんなら、結構金があったのかもな。

奉寄進 為征露役紀念
           明治三十八年八月赤日

第一軍附出征者       功五級
       陸軍砲兵中尉 従七位 西村 猛
              勲六等


「出仲間神社新築参百年記念碑」

 由来などが記されている。ここも中世には阿蘇社の影響圏だったようだ。しかし、阿蘇・甲佐大明神というのが、近代に整理された神道とは違う雰囲気でいいね。



正面

出仲間神社 新 築 記念碑
      参百年



台座

  出仲間神社
 出仲間神社の創建は古く明らかでな
い。祭神は阿蘇・甲佐大明神と沖津
彦。沖津姫命及び菅原道真公である。


  光明寺
神社の東側には光明寺という禅寺が
あったが、境内に残る供養塔の文字か
ら見ると、四百数十年以前の遺跡であ
る。寛文年中(約三二〇年前)欣主座という
僧が再興したが、のち立田泰勝寺の
末寺になり、明治維新の際、廃寺ち
なった。本尊阿弥陀如来は、近くの
明乗寺に保管されている。ここの西南
隅には、天文年間に建てられた供養塔ほ
か住持僧の墓石などが残っている。
 平成三年六月二日建立
  氏子中



台座裏

宮総代
 太田義治
 太田 務


境内隅に残る寺の痕跡