SYNODOS JOURNAL : 安楽死や自殺幇助が合法化された国々で起こっていること 児玉真美

synodos.jp
 うわあ…
 そもそも、人間の「意思」というか、「自己決定権」というもの自体が非常に頼りない概念なんだよな。周りの人や様々な条件の中で、揺らぐもの。それに無造作に、「自己決定権」の名のもとに安楽死を放り込むと、こういうエグい事例が出てくる。それこそ、「自己決定権」を担保するためにいろいろな制限処置が必要になってくるにだが、それがまるっきり欠けている感じ。
 あと、介護者が「自殺幇助」をする話に関しては、日本では現在、介護殺人って形で行われていることの合法化だよな。

もう一つの共通点は、アシュリー事件の議論の中にもギルダーデール事件の議論の中にも、「社会にできることはなかったのか」と問うてみる視点、「社会で支える」という視点がまったく欠けていることだ。その意味で、この2つの象徴的な事件では、重症障害児・者本人たちと一緒に、実は介護者である親や家族も同時に、社会から見捨てられているのだと思う。「自己決定権」や「自己選択」という名のもとに、実は「自己責任」の中に個々の家族が冷酷に投げ捨てられ、そこに置き去りにされ、見捨てられようとしているのではないだろうか。

 いずこも同じか…