D.G.ハスケル『ミクロの森:1?の原生林が語る生命・進化・地球』

ミクロの森: 1m2の原生林が語る生命・進化・地球

ミクロの森: 1m2の原生林が語る生命・進化・地球

 テネシー州の原生林1平方メートルを、一年間頻繁に観察し、そこで考えたことを綴ったエッセイ。ごく狭い範囲の観察から、生態系のさまざまな関係を通じて、広い世界へと視野が広がるのがおもしろい。さまざまな生物が織り成す関係は、結局は全世界につながり、それは人間の世界にも接続する。さらには地中では、さまざまな菌類と植物が相互に情報と物質をやり取りするコミュニケーション圏が存在し、さらにはミクロの生物の広大な世界が広がる。豊かな森にはさまざまな小動物が生息しているのだなあ。そして、人類は知らないことばかりと。
 あと、現在に生きている生物は、どんな単純な生物も「進化」した生物であるという指摘はなるほどなと。


 以下、メモ:

 第一胃中の微生物のほとんどは、酸素のあるところでは生きられない。これらの微生物は、今とはまったく異なった大気の中で進化した生物の末裔である。地球の大気に酸素が含まれるようになったのは、約二五億年前に光合成が発明されたからのことであり、酸素というのは、危険な、化学反応性の高い物質であるため、酸素に毒された地球からは多くの生き物が姿を消し、あるいは身を隠さざるを得なかった。こうした酸素嫌いの生物たちは、今も、湖の底や沼地や地中深くに棲み、酸素のない環境の中でかろうじて生存している。
   (中略)
 動物の消化管の進化は、嫌気性の避難民たちに、隠れる場所を新たに提供した。消化管内は比較的酸素が少ないだけでなく、微生物なら誰もが夢に見るように、噛み砕かれた食べ物がとぎれなく供給される。p.42-3

 反芻動物の第一胃が嫌気性の微生物との共生の場になっていて、彼らを利用して植物が消化されるという話。人間には効率よく再現できないとか、微生物研究の難しさとか。

 自然界では反芻動物の食生活が急激に変化することはめったにないが、人間が家畜化したウシ、ヤギ、ヒツジなどに餌を与えるときには、第一胃が必要としているものを考慮しなければならない。それは必ずしも人間の一次産品市場が欲するものと合致しないので、第一胃のバランスは大規模機械化農業泣かせである。ウシが牧草地から突然飼育場に押しこめられてトウモロコシで太らされる場合、投薬で第一胃のコミュニティを静める必要がある。微生物の助っ人を抑えこまないかぎり、ウシの体に私たち人間の意志を押しつけることはできないのである。
 五五〇〇万年におよぶ第一胃の設計対五〇年の機械化農業――私たちが勝てる見こみは少ない。p.46

 家畜の「肥育」って不自然なことなんだな。それを投薬で制御しているのか。まあ、あの手の肥育って、フォアグラよりマシくらいの待遇だよなあ。

 確かに人間は草食動物として進化してこなかったので、ほとんどの真性の草食動物が持つ、解毒作用のある生理構造を持たないわけだが、私たちのまわりにある多くの植物を私たちが食べられないという事実からは、ある重要なことがわかる――この世界には、安全な野菜は思ったほど多くないのだ。この点は、ほかの草食動物たちが食物の毒性の中和に特化した生物化学的手段を持っていることを見てもわかる。
 曼荼羅は客を待つ晩餐の席ではなくて、悪魔が用意した毒入りの料理が並ぶビュッフェであり、草食動物たちはそこからわずかばかりの、一番毒の弱そうなものを選んで食べるのである。p.139-140

 葉物野菜でも、イモ類でも、人間が長い時間をかけて毒のないものを選抜したんだしな。そして、そういう毒のない作物は野生動物にもご馳走なんだよな。

 北米大陸でオオカミが姿を消したのは、おもに、罠や毒、そして銃を使った直接的な迫害の結果だ。だがまたヨーロッパ人は、知らず知らずのうちに、もっと間接的な別の方向からもオオカミに対する攻撃を始めていた。私たちが貪欲に木を使い、シカを過剰に殺したことによって、肉食獣に溢れた森林地帯だった大陸東部の森は、シカのいない、農場と町とみすぼらしい伐採の傷跡のつぎはぎになってしまった。大型草食動物捕食の王者は追いつめられた。残された獲物は、以前は森だった牧草地で草を食む家畜だけとなり、牧場を襲ったことがオオカミに対する憎しみをますます強め、入植者たちはオオカミ根絶の決意をいっそう固くしたのだ。p.193-4

 大型草食動物の捕食に特化したオオカミは、人間による環境の改変と直接的な攻撃によって滅んだ。そうして開いたニッチに、小動物を捕食することもできるコヨーテが入りこんで勢力を拡大したと。

 アメリカニンジン、ヤムイモ、そしてポドフィルムはどれも小さな植物で、栄養たっぷりの地下茎または根という形で冬を越す。この共通点を見れば、これら三つともに、薬効のある化学物質がこれほど豊富である理由が分かる。動き素早い動物や皮の厚い樹木と違い、じっと動かず皮の薄いこれらの植物は、哺乳類や昆虫の攻撃に対して非常に無防備だ。これらの植物が地下にためこむ食物は、捕食動物にとってはことのほか魅力的である。だが植物は逃げることも頑丈な壁の後ろに隠れることもできないから、唯一の自己防護策は、その体を、敵の腸、神経、ホルモンなどをめちゃくちゃにする化学物質でいっぱいにすることなのだ。
 自然淘汰のプロセスは、動物の生理機能を攻撃するという明確な目的をもって自己防護のための化学物質を作ったので、これらの毒は、慎重な人間の手にかかれば薬にもなる。ちょうどいい服用量を見きわめることによって薬草医は、植物の防護のための兵器を、刺激剤、緩下剤、抗凝血剤、ホルモン剤そのほか、みごとな薬剤に変えることができるのだ。p.212

 防御としての植物の毒。

 もっとひどいところもある。インドでは、テクノロジーとコンドルの接触がはるかに大きな危機を生み出した。家畜に広く抗炎症薬が使われたことが、うかつにもコンドルに壊滅的な打撃を与えたのである。抗炎症薬は死体の中に残り、かつてはたくさんいたコンドルを死に追いやった。インドでは今やコンドルが絶滅の危機に瀕しており、その結果、死んで腐敗した家畜が散乱する。ハエと野犬の数が爆発的に増加し、公衆衛生にひどい悪影響をおよぼしているのである。インドの一部では炭疽菌が日常的に見られる。インドではヒト狂犬病発生率が世界一高く、そのほとんどが野犬に噛まれることが原因で起きる。コンドルがいなくなり、結果として野犬が急激に増えたことで、ヒト狂犬病は年間三〇〇〇例から四〇〇〇例増加すると見積もられている。p225

 ほとんどの病原体を破壊できるコンドルの消化管が、人間の公衆衛生にも影響するという話。インドでは、抗炎症薬でコンドルが激減し、結果炭疽菌狂犬病が増加していると。意外な連鎖があるものだ。
【自然保護】 ハゲタカの保護策に乗り出すインド政府 (Science Now 2005 0321)
アジアの絶滅危惧?A類ハゲワシに初めての回復の兆し
H.P.更新後記(ハゲワシと家畜のエコロジカルな関係の危機)

 最近行なわれた実験では、菌根に見られる根と菌の関係がそれだけではないことがわかった。生理学者が、植物に放射性元素を送りこんで森の生態系における物質の流れを追跡したところ、菌が植物と植物を結ぶパイプ役を果たしていることがわかったのだ。菌根は節操なく複数の植物の根と関係をもつ。一見別々の個体に見える植物が、地下の恋人である菌類を媒介としてつながっているのだ。曼荼羅の頭上のカエデの木が大気中から炭素を取りこんで糖類に変換したものが、根に運ばれ、菌類に提供される。菌類はそれを自分で使うか、ヒッコリー、または別のカエデの木やニオイベンゾインに渡すかもしれない。つまり、ほとんどの植物群落においては、個体性というのは錯覚にすぎないのである。p.285

 菌類を介して、植物同士で物質のやり取りが行なわれているのか。巨大なネットワークが存在するのだな。

 そういう協力関係があった証拠は、初期の植物のきめの細かい化石に刻まれている。こうした化石によって、植物の歴史は書き改められた。陸生植物でもっとも初期にできた、そしてもっとも基本的な部位であると私たちが考えていた根は、じつは進化の過程であとから加えられていたものだった。菌類こそ、植物が最初に地下に伸ばした食糧調達係だったのだ――根は、土壌から直接養分を探して吸収するためではなく、菌類を探し、抱擁するために発達したのである。p.286

 へえ。先に菌類があったと。