土屋信行『首都水没』

首都水没 (文春新書)

首都水没 (文春新書)

 東京が、水害に対して非常に脆弱であることを指摘し、それに対する治水工事の必要性を強調する本。感想を書くのに、すごく時間がかかったな。先月の内に読み終わっていたのに、一週間ほど放置していたことになるのか。
山手側では、ゲリラ豪雨の降水が谷に集中し、急激に水位が上昇する危険性。東の低地側では、ゼロメートル地帯が、非常に脆弱であること。堤防で土地を維持しているが、地盤沈下で上に薄い堤防をかさ上げしているのが問題であると。結果、外水氾濫、内水氾濫、高潮洪水だけではなく、地震で堤防が破損し、ゼロメートル地帯が水没する危険性もあるという。ポンプ設備が海面下にあるため、いったん水が入り始めたら、ポンプの機能が停止し、広大な市街が水没する危険性があるという。。
 また、地下空間の脆弱性も指摘される。地下鉄や地下街は言うに及ばず、さまざまなインフラの共同溝や洞道などが水の通り道になってしまう。地下送電線や地上置きトランスは、水害の際には漏電で周囲全体を危険にさらす。結果、送電を停止し、停電の長期化を招く。送電線の地下化って、本当に災害時は脆弱になるんだな。地震と水害の危険がある国では、送電線を地下に埋めてはいけない。
 東京が関東平野西側の水を集める一番低い場所に立地していて、かつ利根川を東に付け替え堤防一枚で隔てるという無理をしている。結果、洪水のリスクは非常に高い。かつ、温暖化の進行による海面上昇や極端な気象現象の発生が危険性をいっそう高めている。しかし、現状、日本では、気候変動を前提とした治水計画のアップデートが行なわれていない問題点。流域単位での警報発令体制の整備の必要性。その一環として、東京の防備と同時に、水害時に高地となり、「命山」となるスーパー堤防の必要性も主張する。
 前半は興味深いが、後半になればなるほど、首をひねるところがあるな。「一度災害に合ったところに二度と住まない」と書いているが、少なくとも近世以降、日本人は土地にしがみついて生きてきたというのが正しいのではないだろうか。輪中堤や水屋といった設備は、水害常襲地帯で、いかに生命と動産を守るかの工夫だし。宝永の富士山噴火では、火山灰に埋め尽くされた村々が必死に復旧している。確かに、村の枠内では、より安全な場所を選択していたりはするのだろうが、認識そのものに問題があるのではないだろうか。また、ナチュラルに、上流側が、下流の都市の都合で動かされるものと考えているようなところにも反発が。


 第7章の「東京の三大水害に学ぶ」も興味深いな。流域内での利害対立。堤防を切るか切らないかで争ったり。洪水で栄養が運ばれるため、遊水地的な場所も間隔があけばそれなりに利益があったが、頻度が高くなりすぎると利害対立が起きるとか。


 以下、メモ:

 積乱雲が近づいてくる前兆現象として、遠くから雷が聞こえることがあります。このような時、風が吹き始めたらもう逃げる合図だと思ってください。まもなく雷とともに豪雨がやってきます。p.21

 メモ。まあ、風が吹き始めたら、すぐそばに来ているってことだよな。

 今、ゲリラ豪雨で、気をつけなければならない場所は、中小河川を暗渠化して道路にした所や、その周りに建設された住宅地、溜め池だった所を埋めたてて住宅地にした所などです。もう一度図1を見てください。狩野川台風で浸水した箇所は、再び水災害に見舞われる可能性の高い場所なのです。p.26

 中小河川の谷を住宅開発ってのは、熊本でも多いんだよな。あれこそ、都市計画で抑止すべきものだったと思うのだが。不動産業者に甘いと言うか。

 明治時代以前の防災は、「危ないことは避けること」を目標にしていました。一度災害に遭った場所に二度と住まない事により、次の災害を回避するのが最良の防災対策だったのです。p.31

 上でも言及したけど、ここは疑問。もちろん、リスクが本当に高いところは、そういう対策を採ったんだろうけど、すべてがそうであったわけではない。港湾や漁村は、津波に遭おうと、同じ場所に再建されてきた。そのなかで、集落の核となる神社が安全な場所に移されるといった調整は行なわれたと思うが。

 電力設備の浸水による電力の停止、漏電による二次災害防止のため電力供給が停止されることに加え、個別のオフィスビル等では受電設備が地下に設置されているケースが多いため、浸水に伴い、電力が使用できない期間が相当長期間にわたる恐れがあるのです。p.46-7

 うーん、ゼロメートル地帯怖い。熊本は、割りと内陸によった立地なので、このあたりがピンとこないな。

 これらの高潮に対する防潮ラインを繋いでみると、運河や水路、河川の一番奥には水門が設置されており、それぞれがなんと東日本大震災で大きな被害を出した三陸リアス式海岸の形状によく似ています。三陸を襲った津波リアス式海岸の小さな入江の奥に向かってせり上がり、一番高いところでは40m以上の痕跡が観測できます。今回(2011年)の東日本大震災から学ばなければならない教訓は、東京の高潮をもう一度大海嘯と捉え、備えなければならないことです。p.60

 メモ。東京の堤防がリアス式海岸状で、高潮や津波を拡大させかねないという話。

 さらに天明3(1783)年に浅間山が大噴火し、火砕流と火砕泥流、および吾妻川利根川に洪水が発生し、死者1600人を超す大災害となりました。その後、火山灰は雨のたびに川に流れ込み、みるみるうちに河床は上昇し、利根川は「天井川」となってしまったのです。天井川とは土砂が堆積して河底が浅くなってしまった川のことです。
 こうなると河床に合わせて堤防を高く作らなければならなくなり、しだいに水面が周囲の土地よりも高くなってしまいます。このような天井川がいったん氾濫すると、洪水は人々が住んでいる地域に溢れるため、被害が大きくなるのです。
 結局、利根川全川から浅間山の火山灰を取り除く抜本的な浚渫工事は、パナマ運河工事の土量を越える大規模なものとなりました。最終的に浅間山大噴火の影響が利根川全域から取り除かれたのは。ようやく第2次世界大戦後になってからでした。すなわち、東遷事業は永々と約300年間も行なわれていたといえるのです。p.83-4

 なんかさあ、地方の土木工事に金をかけるのは云々って意見をよく聞くけど、東京に投じられた公共土木事業費って、ものすごくでかいんじゃね。
 浅間山の火山灰を全部取り除いたのか。とんでもないな。

 しかし、東京では全ての地域で、雨水の排水能力は、1時間降雨強度50mmが限界なのです。50mm以上の雨が降れば当然、排水できずに下水から溢れ出すことになります。これも「内水氾濫」です。ですから東京に住む住民は雨が降ったときにはなるべく水を使わないという配慮が必要です。雨の降っている時に、溜まっていた風呂の水を流すなど、まったく論外の行為なのです。p.103

 雨の日には水を流さないようにしましょう。

 そして、江戸川区の西側にも、やはり逃げることのできる高台地がないゼロメートル地帯が広がっています。ここに荒川放水路の左岸堤防を広げて「命山」にする「スーパー堤防計画」があります。スーパー堤防は、時間とお金がかかるので無駄遣いだと言われた時もありましたが、ゼロメートル地帯に住んでいる人達にとっては、まさに「命山」なのです。長く連なる川の堤防という意味より、逃げられる高い場所、唯一の命をつなぐ避難高台なのです。だからスーパー堤防を造るということは、連続して繋がっていなくても、どんなに短い長さであっても、盛土ができた時からすぐに命を助けてくれる、大切な「命山」建設計画といえるのです。p.115-6

 うーん、だったら素直に命山つくれば良くね。

 国土交通省の調査によれば、平成23(2011)年と平成24(2012)年の2年間で、水害で実際に避難した住民は、「避難勧告」「避難指示」を呼びかけられた人のうちわずか3・9%でしかありませんでした。p.208

 これって、避難勧告や避難指示が機能していないってことだよな…