森田泰弘『イプシロン、宇宙に飛びたつ』

イプシロン、宇宙に飛びたつ

イプシロン、宇宙に飛びたつ

 イプシロン・ロケットのプロジェクトマネージャーによる、固体ロケット開発の歴史。著者が、東大航空宇宙研に入ったころから、M-Vロケットの開発と引退、イプシロン・ロケット開発への苦労など。なんというか、精神主義だなあ。構成員の情熱とチームワーク、チャレンジ精神に楽観主義。「工学の世界は人間関係」ってのは、真理なんだろうな。まあ、人員の規模でも、予算規模でも、小所帯の組織が存在意義を主張するには、それだけのことをする必要があると。逆に、官僚主義に犯されていない技術者の天国ともいえそうではあるが。
 固体燃料ロケットの限界を超える性能を目指したM-Vが、開発費を抑えたこともあって、運用コストが高くつきすぎ、8号機をもって打ち切りになってしまったこと。惑星探査の衛星を、地球重力圏の外に送り出すために、樹脂の割合を下げた高性能の燃料を開発。効率のよい噴射のための伸展式ノズルの導入などの技術的挑戦が行なわれたという。
 イプシロンは、固体燃料ロケットの開発が打ち切られるかの瀬戸際という、プレッシャーの中で基本的研究が行なわれた。ロケットを身近なものにするために、管制の自動化と部品の大胆なCOTS化が行なわれた。新材料や発想の転換で、部品点数が少ない高信頼性・高性能・低コストの部品生産を目指したり、燃料の生産施設の稼働率を上げるための工夫、管制から追跡まで自動化の試みなどが行なわれ、さらに強化型イプシロンでも、この方向性が推し進められるという。それこそ、月一とか、週一で、連続的に打ち上げられるようになったらいいだろうな。一方で、こうやって、民生用として便利になっていくと、軍事用として弾道ミサイルにも転用しやすそうになるのも、悩ましいところだな。

 常識を覆し、固体燃料ロケットで本格的惑星探査を実現するためには、まず、ロケットの全体性能を飛躍的に向上させることが必要である。そのために、サブシステムも含め全ての点において技術の革新に挑戦し、「最高性能」を追及した。これが後に「打ち上げコストが高い」という皮肉な結末につながってしまうことになるのだが。一方で、開発費については地上設備も含めてもわずか180億円程度であった。このような限られた予算の中で世界最高性能のレベルをきちんと実現できたという点で、M-V開発は成功だったという想いは今も変わらない。p.53-4

 日本のロケットって、開発費が低いのが特徴みたいだな。つーか、180億って、ロケットの開発費としては破格に少ないんじゃね。H-2ロケットも破格に安いといわれたけど、3000億だっけ。その1/10以下か。

 固体燃料ロケットは、本来構造がシンプルで取り扱いも簡単である。それは、打ちたいときに簡単に打てる、頻繁に打てるという潜在能力につながる。しかし「世界最高性能」を最大目標に据えてきたM-Vはまるでレーシングカーのようである。性能はよいが運用が複雑で、とても頻繁に打てる代物ではない。もっと簡単に扱えるように抜本的な改革をしていかなくてはならない。p.91

 皮肉なことに、固体燃料ロケットとして望ましい性質は、弾道ミサイルとしても望ましいんだよな。

 IT技術の応用で凄いのは、「モバイル管制システム」の2台のパソコンとROSEの間の通信方式である。なんと、普通のイーサネットなのである。イプシロンロケットの一番足元にはイーサネットの蛇口が1個付いていてそこにケーブルを1本プチンと差すと、実はイプシロンは原理的には世界中のインターネットにつながるという仕組みである。言い換えると、イプシロンは世界でも初めてロケットとして情報端末化したわけである。p.119-120

 うーん、クラッキングへのセキュリティとか大丈夫なのだろうか。

 こうした標準化というのは、実はロケット業界ではあまり行なわれてこなかった取り組みである。世界各国それぞれのロケットが、それぞれ独自の「ガラパゴス」的発展を遂げており、それは今後も継続されそうである。その常識を打ち破る機器の共通化、標準化という点でも、イプシロンは世界にお手本を示そうとしている。モバイル管制以外の部分は単に既存のロケットを寄せ集めただけというのはまったくの誤解である。こうして、あちこちで未来への扉を開けようとしているのである。p.142

 標準化は理想的ではあるが、軍事に転用で来そうな技術の流出とかの心配があるような。