氏家幹人『古文書に見る江戸犯罪考』

 「よしの冊子」関係の本で、盗賊が横行していたという話を読んで、気になっていたところ、タイミングよくこんな本が。書店で見かけて、思わず衝動買いしてしまった。江戸事件簿といった感じで、サクサクと読める本。
 しかし、江戸の町もなかなか物騒なものだ。辻斬りに、路上強盗がうようよ。スリは、徒党を組んで、検挙されないとか。スリが、揃いの服を着て、親分がいてというのは、TRPGなんかによくある「盗賊ギルド」みたいな感じだな。
 あとは、江戸で死刑が年300件以上執行されていたとか、百叩きって自力で帰宅できる程度に加減されていたとか、打ち首になった後の死体は刀剣の試し切りでバラバラにされたとか。しかし、年間300人って、250年累積で何人になることやら。『東京骨灰紀行』で刑場跡から大量の遺骨が発掘された話が紹介されているが、その遺体もやはり試し切りでバラバラだったのだろうか。


 第一夜は、辻斬りの話。19世紀に入ってからの事例や、17世紀の愛宕山で参篭の後、狂ったように「千人切」に走った話が紹介される。千人切りについては、河内将芳『落日の豊臣政権:秀吉の憂鬱、不穏な京都』でも出てきたな。大量殺人の背景にある心理として「アモク・シンドローム」。東南アジアで、不遇の境遇にあると思った男性が、「名誉回復」として無差別殺人を犯す事例がよくあったそうな。ジャワ島あたりで、それが頻発したのは、加害者を賞賛する空気があったからだろうな。現代の日本でも、たまにそういうことをしでかす人間がいるが、それで名誉を得ることができないから、それほど事例数が積みあがらないのだろうな。


 第三夜の大坂のスリに浅葱色の頭巾を被るよう命じた曲淵甲斐守の裁判や『東贐』という江戸生活マニュアル本の中でひと目でわかる揃いの装束を着ている話が興味深い。スリが、いわば「制服」を着ているわけで、地元の人にはすぐわかる。他所から集まる人を集中的に狙うことで、地域社会と共存していた。親分がいて、現金以外のものに関しては、床屋を通じて取り返すことができたとか。「顔を知られた」スリがいるとか。地域社会に食い込んでいる感じだな。「盗賊ギルド」なんかも、そういう歴史的イメージを元に設定されている。つーか、明治になっても、スリの親分がいて、出入りの刑事がいたってのがすごいな。


 奉公先や結婚先で虐待された現在の中学生あたりの少女たちが、逃れる手段として放火に走る。あるいは、儒教の孝行イデオロギーで、現在の目から見ると不当に刑が軽くなったり、重くなったりする事例。不倫が刃傷沙汰につながるとか。江戸時代と現代の似ているところと違うところ。


 後半、十一夜、十二夜の大名屋敷に盗みに入った盗賊「田舎小僧」と「鼠小僧」、第十三夜の贋金作りの話も興味深い。
 広いだけに、江戸の大名屋敷は意外と無用心。正門を伝って、屋根の上に登ってしまえば、なかなか見つかり難い。「水戸黄門」で密偵が、普通に出入りしているのも、荒唐無稽ではないと。
 田舎小僧は家財道具や比較的小額の現金を盗んで二千両ほど。鼠小僧は現金メインか。数両から100両くらいまで、いろいろ。鼠小僧は盗んだ金を、惜しげもなく使って、非常に慕われていたとか、死刑に至るまで劇場型だったとか。捕まる時も、奉行所で白状して、担当者の恥を雪ぎたいといったとか。なんかかっこいい。
 あと、本書で取り上げられる贋金作り、螺鈿細工の青貝を加工して稼いでいたというから、別に通貨偽造なんてリスクを犯さなくても良かったんじゃなかろうか。何が、彼を犯罪に駆り立てたのか。岡っ引きの贋金作り検挙までの話もおもしろい。