小畑弘己『昆虫考古学』

昆虫考古学 (角川選書)

昆虫考古学 (角川選書)

 縄文本二冊目。同著者の『タネをまく縄文人:最新科学が覆す農耕の起源』に続いて、こっちを読む。土器圧痕のコクゾウムシの話から発展させた話と思われ、膨らませるだけのネタがあるのかなと心配したが、杞憂であった。
 人類が作り上げた環境に入り込んで、適応する昆虫などの小動物は貯穀害虫だけではなく、いろいろと居る。人間と関わりがある昆虫や節足動物類はこれだけいて、それを考古学的に検出し、かつそこから人間の生態を照射していくフロンティアは広大である、と。この種の昆虫考古学の先進国はイギリスっぽいなあ。単純に、ドイツ語圏やフランス語圏の情報が入ってきていないだけかもしれないが。
 法医昆虫学を応用して殯の期間を推定する5章が興味深い。長期間放置されていたと考えられてきたけど、ハエのウジのさなぎの検討から、殯は一週間程度の期間にとどまるものであった。昆虫から、いろいろな情報が引き出せるものなんだな。


 全体の構成はこの通り。家に入り込む昆虫、人にひっつく昆虫、排泄物・廃棄物にひっつく昆虫、死骸に群がる虫たち、それに対する防虫の試み、そして、圧痕について、それぞれ一章を当てている。
 ただ、6章の貯穀害虫の列挙は、水増しなんじゃなかろうか。途中で力尽きそうになったw

  1. コン虫とガイ虫
  2. 縄文土器ごきぶりホイホイ
  3. ムシとヒトの歴史:シラミとゴキブリ
  4. ウンチの中から出てくるムシたち
  5. ハエが見ていた人の死:葬送昆虫考古学
  6. 殺虫・防虫の考古学
  7. クリを食べたコクゾウムシ

終章 害虫と人の未来


 最初の2章は、概説的な話。昆虫学的な前提。そして、どのような遺構から、どのような昆虫が出てくるかの整理。トイレやゴミ捨て場、食料貯蔵庫、住居では、それぞれ出土する昆虫の種類が異なる。家屋跡から発見される昆虫の遺体も、家屋害虫だけではなく、隙間から入り込んだり、家に住み着いた他の動物にひっついている虫などいろいろなものがあり得る。
 縄文時代の遺跡でも、低湿地から検出される昆虫遺体は環境全域の生物相を反映するのに対し、住居から発掘される縄文土器の圧痕に残る昆虫の印象化石はより人間に近い範囲の昆虫を示す。


 第三章は、人間に寄生するシラミ、ノミ、ダニ、腸内寄生虫類に、ゴキブリ。ダニは、信頼できる考古学的資料が存在しないとか、人間の移動に伴って世界中に運ばれた寄生虫類。シラミあたりは、相当古くから人間にひっついて生きてきた。
 クロゴキブリの最古の痕跡から、日本で害虫化した可能性…


 第四章は、トイレから出てくる昆虫。
 とはいえ、トイレとゴミ捨て場の区別は、割と付きにくいようだ。汚物を運び出してゴミ捨て場に捨てたり、匂いをおさえるために籾殻を投げ込んだり、使わなくなったときに様々な廃材を投げ込んだり。
 トイレ認定の有力な手段が、人がうっかり落とした物か。くみ取り式便所で落としたという話は良く聞くしなあ。
 人間が食べたタネなどが検出されるというのは、トイレの考古学でも良く語られることだが、人間が食べた昆虫類も検出されることがある。人間の消化管を通った昆虫がどうなるかを調べるために、わざわざ食べた研究者もいるのか。人体実験乙としか。
 噛んでるはずだけど、意外と甲殻は残るのだな。そして、食料品に害虫がたかっていると、諦めて、それごと食べるようになる可能性。どれもこれも虫が付いてたら、意外と気にならなくなるの、かなあ…


 第五章は、死体にたかる昆虫たちを、法医昆虫学で検証。遺体の放置期間によって、遺体にたかる昆虫の構成は変わっていく。最初はハエとそのウジ。その後、それらを捕食する昆虫類が集まる。
 早々に火葬したり、土葬する文化だけではなく、日本古代の殯やチベットの鳥葬のように、しばらく残されたりする葬送文化はいくらでもある、と。
 ペルーのモチェ文化では、昆虫の組成から、埋葬までに長期間放置されていた可能性が高い。あるいは、死の象徴としてハエのモチーフが多用されている。
 日本の古墳時代の殯は、長期間にわたって行われるものと理解されていたが、ハエの囲蛹殻や死体の経時変化の痕跡からは、一週間程度の期間であったことが明らかになる。また、イザナギの黄泉下りは、九州の横穴式石室を舞台にしている可能性が高いという指摘など。遺体についたウジが、蛹になって、副葬品にひっつく。その痕跡が残るのか。刀のサビに封じ込まれたそれらの痕跡が物語ること。


 第六章は、防虫の話。人間側も貯めている食料をむざむざと食い荒らされるのを見ていたわけではない。乾燥した通風のよい環境に保存したり、逆に密閉して二酸化炭素濃度を高め害虫が生存できないようにしたり。あるいは、駆虫効果のある鉱物や植物を利用して、追い払おうとしたり。
 また、コクゾウムシの存在から乾燥貯蔵が行われていた、あるいはカラスザンショウの圧痕から、コレが防虫剤に使われていた可能性など、圧痕研究から、このようなところも情報が得られる。


 第七章は、著者得意のコクゾウムシの話。縄文土器の圧痕から検出されたコクゾウムシ。これらの痕跡の大きさを比べることで、縄文土器から検出されるコクゾウムシは、クリを主に食害していた可能性が指摘される。
 また、ヨーロッパでハエが自然発生すると考えられていたように、縄文人はクリからコクゾウムシが発生すると考え、クリの化身として胎土にコクゾウムシを大量に練り込んだ土器の製作も行っている。土器に、様々な作物を練り込むのは、他にも豆やごまで見られるとか。豊穣祈願の土器か。


 以下、メモ:

 実験後の所感として、彼は害虫50匹という数は空腹の人にとっては何ら問題は無いという。そして、以下のような同僚の戦時の経験を披瀝している。1939~45年の戦争時のビルマでは米が主食であったが、いつも害虫に汚染されていた。しかし、彼の友人やその仲間の兵士は最初は害虫をはじいていたが、そのうちあきらめて米と一緒に食べたという。よってオズボーンは中世の人々にとってグラナリアコクゾウムシとノコギリヒラタムシはまったく気になる存在ではなく、逆にそれらを食べていたために、被害も大きくならなかったのではないかと述べている。
 先史・古代においては、よほどひどい腐敗状態でない限り、害虫入りの穀物やマメはあまり気にせず食されていたようである。この論文を読んで、現代に生きる私たちがいかに平凡な食事をしているかがわかった。p.97

 害虫に食害された食料しかない状態では、害虫ごと食べるのも気にならなくなる。そういえば、大航海時代の帆船でも、焼き締めたビスケットにムシがわいてたっけ。それしかなければ、平気で食べるようになるのか…
 意図せざる、昆虫食だな。

 日本の法医学の世界では、死後硬直や死斑などの早期死体現象の発現に関わる時間的経過については細かな記載はあるものの、晩期死体現象についての記載はあまりない。それに比べ、アメリカの法医学の研究書には詳細な実験データなどとともに記載されている。そして、ハワイでの犯罪捜査にはムシたち、とくにハエが活躍する。そのためであろうか、アメリカではクロバエやイエバエの種ごとの生態が詳しく研究されている。p.110

 アメリカでは「死体農場」なんてのがあるんだっけ。放置観察する。日本では、この種の実験は、敷地の問題から難しそうではある。
 このあたりの、「文化」の差はどこから来るのだろうなあ。